「奇跡が起こった」 「夢を見ているのではないか」これぞまさしく真の武士道だ 第 386号

 素晴らしく生きた人の人生に触れる時、誰もが

心を打たれ自分の生き方を振り返ることでしょう。

 今回ご紹介するのは第二次世界大戦のスラバヤ

沖海戦で撃沈したイギリス艦船の兵士を救った

工藤俊作さんの逸話です。

────────[今日の注目の人]───

★ 旧敵に「師」と仰がれる
       日本人の生き方 ★

惠 隆之介(ジャーナリスト)
   
───────────────────

──大東亜戦争で駆逐艦「雷」の艦長だった

工藤俊作中佐の顕彰に力を注がれていますね。

 工藤俊作という名前を、おそらくほとんどの

日本人は知らないと思います。

 昭和17年のインドネシア・スラバヤ沖海戦で

撃沈されたイギリス艦船の漂流者422名を

救助した帝国海軍の中佐です。

 小さな駆逐艦に、乗組員220人の2倍近い将兵

を乗艦させた上に、敵兵である彼らをゲスト

として厚くもてなしました。

 この事実は、最近まで誰も知りませんでした。

 私は5年間にわたり数少ない資料や生存者の

証言を手掛かりに工藤中佐の足跡、人物像を

研究してきましたが、調べれば調べるほど

その個性とスケールの大きさに

驚かされました。

 戦闘の最中、危険を顧みず多くの敵兵の

救助を決断した工藤俊作という偉大な

人物を私は同じ日本人として誇りに

思いますし、人々に知らせずには

いられないのです。

──研究を始められたきっかけは?

 平成15年6月、NHKラジオの『ワールド

リポート』を聴いていて、私は身震いする

ほどの感動を覚えたのです。

 それはロンドン発のリポートでした。

 リポーターは「このような美談が、なぜ日本で

報道されなかったのだろうか」と興奮した

口ぶりで語っていました。

 番組に情報を提供したのは元英国海軍大尉で、

後に駐スウェーデン大使などを歴任した

サムエル・フォールという元外交官でした。

──工藤中佐に命を救われた一人だった

のですね。

 はい。番組はフォール卿の次のような

話を報じていました。

 その時、400人以上の将兵たちは24時間近く

ジャワ海をボートや木板に乗って漂流

しながら、皆すでに生存の限界に

達していたというのです。

 中には軍医から配られた自決用の劇薬を

服用しようとする者もいました。

 そういう時、目の前に突然駆逐艦「雷」

が現れる。

 これを見たフォール卿は「日本人は野蛮だ」と

いう先入観から、機銃掃射を受けて殺される

と覚悟を決めたといいます。

 ところが、「雷」は直ちに救助活動に入り、

終日をかけて全員を救助した。

 フォール卿がさらに感動したのはこの後です。

 重油と汚物にまみれ、弱り切った将兵を帝国

海軍の水兵たちが抱えながら服を脱がせ、

汚れを丁寧に洗い流し、自分たちの

被服や貴重な食料を提供し、友軍

以上に厚遇しました。

 さらに工藤中佐が英国海軍士官を甲板に集めて

敬礼し、「私は英国海軍を尊敬している。

本日、貴官たちは帝国海軍の名誉

あるゲストである」と

英語でスピーチしたというのです。

──感動的なお話です。

 フォール卿も「奇跡が起こった」

「夢を見ているのではないか」と

思って自分の腕をつねったと

語っていました。

 そして最後に工藤中佐のこの行為を

 「日本武士道の実践」と絶賛

していたのです。

 戦後生まれの私は、大東亜戦争中、日本は

悪いことばかりしたという自虐史観の

中で育ちました。

 海上自衛隊幹部候補生時代も信じたくは

ありませんでしたが、心のどこかに

「もしかしたら」という

疑念があったのです。

 それだけにこの証言を聞いて言葉にならない

ほど感動を覚えました。

 「ああ、自分が思っていたとおり帝国海軍は

やはり偉大だったのだ。

 これぞまさしく真の武士道だ」と。

 文筆活動を通して、後世のためにもこの史実と

工藤中佐のことを書き残さねばならないという

使命感が、この時湧いてきたのです。

※工藤艦長の偉大な足跡は、私たちが忘れて

しまった日本人の美徳を教えて

くれています。

 『致知』2009年2月号  

      特集「富国有徳への道」P38

 今回も最後までお読みくださり、ありがとう

            ございました。 感謝!

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