『何のために生きるのか』2 第 916 号

 同年代の五木さんと稲盛さんががっぷり

よつで語り合う珠玉の人間学講座

『何のために生きるのか』。

 本書から、その一部をご紹介します!

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『何のために生きるのか』

    (五木寛之/稲盛和夫・著)
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【五木】
 稲盛さんのお話をうかがっていて羨まし

いなと思うのは、ネガティブにネガテ

ィブに考えていたのをポジティブ

な考えで取り組むようになっ

たら光が差しはじめたと

おっしゃったことです。

 僕はいまもずっとネガティブな考えを

引っぱっていて、「あのころと比べ

たら……」と考えてしまう

わけですから。

【稲盛】
 五木さんがそうおっしゃったので正直に

申し上げますが、根底にある宗教観とか

哲学観は非常に似通っていて共鳴する

部分が多々あるのですけれども、い

まもお話にあったネガティブとい

う点にだけは、五木さんとは

考え方が違うなと思ったんですね。

 私はだんだん年がいくに従って、ます

ますポジティブに明るく感謝して、と

いう生き方になってきました。

 一切ネガティブなことを考えまい、と。

 それはネガティブなこころがネガティブ

なものを呼び込むと考えるからなんです。

 だからそのネガティブな見方が

あるのが気になっていました。

 ですが、いまお話をうかがっていると、

私とは比べものにならないくらい苦労

された体験が原点にあるわけですね。

 私の苦労など大したこと

ではないなと感じました。

(中略)

【五木】
 ですから、ネガティブな考え、ポジテ

ィブな考えというけども、上っ面の

明るさだけではだめなんですね。

 むしろ絶望のどん底、真っ暗闇のどん

底まで落ちてしまって、そこからドー

ンと足を突いて飛び上がらないこ

とには光のほうに行けない。

 温室栽培の、24時間人工の光線に照らさ

れているところにて、そこに一条の光が

雲間から射してきたとしても、それを

光明と感じて感激することはありません。

 真っ暗闇のなかで、爪から血が滲む

ようにして希望を探している。

 そこへ窓から一筋の光が射してくる

から、それを光明と感じて、

人は感動するのです。

 このことを考えると、暗闇のなかで光に

合うということが大事なんだと思います。

 ですから、僕の言うネガティブと

いうのは、大いなる希望への

出発点なんです。

【稲盛】
 ああ、それはすばらしい考え方です。

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今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝

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