いまの環境を嘆くのではなく.自分がどんな一燈になればよいのか真剣に考える 第 684 号

 世界最大の切削工具メーカーを中核に、

世界130か国に展開するグローバル

企業、サンドビックグループ。

 その日本法人社長として国内工場を蘇らせた

藤井裕幸さんに、その原点となったアメリカ

でゼロから工場を立ち上げた話

語っていただきました。

───────「今日の注目の人」───

藤井 裕幸(サンドビック前社長)
   
───────────────────

 当時彼らが持っていた日本に対するイメージ

は富士山とか芸者くらいで、日本のもの

づくり文化をほとんど知らない。

 それに戦後日本が立ち直ったのは、俺たち

アメリカ人が助けてやったからだ、

という意識しかなかった

 彼らはプライドが高く、それ故に日本企業

で働くことにフラストレーションを感じて

いたので、いかにしてオークマで働く

ことに誇りを持たせるかが、

とりわけ大きな悩みの種でした。

──どう克服されたのですか。

 藁にもすがる思いでしたが、何を

掴んでいいのか分からなかった。

 ところが、ある時、ふと立ち寄ったニューヨーク

の書店で偶然手にしたのが、佐藤一斎の

「言志四録」だったんです。

 当時、佐藤一斎のことは全く知らなかった

のですが、本を開いた時にパッと目に飛び

込んできたのが、「一燈を提げて暗夜

を行く。暗夜を憂うこと勿れ。

只だ一燈を頼め」という一文でした。

 なるほど、そうかと。

 どんな暗闇でも自分の明かりさえあれば

前に進むことはできる。

 そのためには、いまの環境を嘆くのでは

なく、自分がどんな一燈になればよい

のか、そのことだけを真剣に

考えようと思ったんです。

 そして家内の大きな支えもありました。

──それで視界が開けたと。

 ええ。でも、それだけでは

ありませんでした。

 佐藤一斎のことを自分で勉強した上で、

塾みたいな形をとって日本の文化や

歴史も踏まえてアメリカ人たち

に教えようと決めたんです。

 それからですね、お互いに心が

通じるようになってきたのは。

 佐藤一斎の言葉を……

※アメリカでの体験をもとにいかにして

サンドビックで工場再建を果たされ

たのでしょうか。

続きは本誌でお楽しみください。

 『致知』2017年6月号

        特集「寧静致遠」P34

今回も最後までお読みくださり、ありがとう

             ございました。感謝!

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