その時は天にも昇るような気持ちでした 第1,424号

致知物語 Vol.4

「ある老婦人から届いた手紙」

そして創刊25周年を迎えた2003年。

山口県に住むある老婦人から、
一通の手紙が届きます。

前略 突然お手紙を認めます事を
おゆるし下さいませ。

何しろ日本列島の最西端に住む田舎者のこと故、
失礼があってはと恐る恐るペンを走らせております。

毎月毎月『致知』を手に致します度うれしく、
編集されます皆さま方のご苦労の程が身に滲みてまいります。

静かな気持ちで読ませてもらっておりますが、
私も何んとか皆様に報いねばと思い、
月日はすぎゆくばかりに今日まで体調に全神経をつかい、
労わりながら歩んで来ましたが、
昨年集団検診で肺癌がみつかり、X線治療を終え、
今は何にもしていません。

イレッサ―の治療をすすめられましたが、
家族の反対もございましてお断りしました。

当時はわりあい元気でしたが、
だんだん故障がおこり、自己診断ですが、
もう残り時間がないように思います。

しかし、此の年齢まで生かされた事が不思議な程で、
悔いはございません。

最高の幸せ者のように思っております。

尊敬する夫、娘、すばらしき友、
又『致知』と出会ったことでしょう。

銀行の待合室で何気なく手にした一冊の本、
それが『致知』でした。

ぱらぱらとめくり、目を通し、
私が探し求めていた本だと、
その時は天にも昇るような気持ちでした。

誰かが忘れて帰られたのでしょう、
行員の方にお願いして、一日だけお借りして帰り、
読み、早速注文しましたらすぐ送って下さいまして、
今日に至っております。

25周年も9月にと伺いましたので、
僅かですが寄進させて頂き、役立てて頂けましたら、
誠にうれしうございます。

どのように送金すればよろしいか教えて頂きたく存じます。
夫にもこの事を話しましたら快く承諾してくれました。
僅かですが、汚れたお金ではありません。
ご安心下さいませ。

短い一生ですが、最高の人生を送らせて貰いました。
社長様にはお目にかかった事はございませんが、
『致知』を通じすばらしいお方とお見受け致しました。
日本は今混迷の時代にあり、心がいたみます。

日本人の心を救うのは『致知』より他ないように思われます。
渡部昇一先生の手記にも感動の数々……。
私の思いを叶えて下さいませ。

一人娘も嫁ぎ、公務員の夫の妻で、
『致知』を読ませてもらっております。

私の夫は地方公務員定年退職し、施設の長を8年つとめ、
今は無農薬家庭菜園に終日といった日々でございます。

車の両輪のようによく歯車が廻っていましたが、
私の力がつきたようです。
しかし、たのしうございました。

何となく根気がなくなり、乱雑な文で申訳ございませんが、
どうか意をおくみとり下さいまして、一筆お願い致します。
寄進は、一、〇〇〇、〇〇〇円くらいです。
悪しからず。
 
平成十五年六月二十七日

吉坂 八重子 

この手紙をいただいた時、天が吉坂さんを通じて
『致知』の使命を改めて教えてくれたように思いました。

「『致知』に出逢って救われた」

「『致知』に出逢ったから今日の自分がある」

「もっと早く出逢いたかった」

など、『致知』との出逢いを心から喜び、
感動してくださるお便りは、
『致知』にとって何よりの活力ともなりました。

2011年の東日本大震災の折、
宮城県の女性から届いた手紙もその中の一つです。

「私は『致知』が届くのを楽しみにしている一人です。
 主人が先に読み、早く私に回ってこないかと思いながら、
 奪うようにして読ませていただいています。

 今回、震災で会社(女川町)と自宅(石巻市)が
 流出してしまいました。

 それでも『致知』に励まされ、
 とにかく“前進あるのみ”とやっております」

今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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