ただただ真心を尽くして生きようじゃないか 第 1,815 号

本日は、『般若心経入門』の著書が
ベストセラーになるなど、
名僧と知られた松原泰道師が、
2009年4月号の『致知』で
語られた心に響くお話をご紹介します。

…………………………………………………………

私が早稲田大学を卒業したのは昭和六年で、
ちょうど昭和恐慌の真っ最中でありました。

いまよりも災害がひどかったのは、
銀行が取りつけ騒ぎでバタバタと閉鎖した
ために、一般の市民たちは自分の金を下ろす
ことができなかった。

大変な混乱でしたね。

ある日も、学校へ行く途中の飯田橋のところで、
若い父親らしい男性と小学生ぐらいの子供が
骨と皮ばかりになって飢え死にしているのを
見受けました。

農村も疲弊しておりましたから
国元から仕送りができない。

当時はアルバイトもなかったので、
学友は間もなく卒業だというのに、
泣く泣くトランクを抱え寂しく去っていき
ました。

私の仲間たちは何とか卒業できましたが、
誰一人就職が決まらないんです。

あまりの痛ましさに耐えかねて、
何か心機一転しようじゃないかと。
じゃあ旅行に出掛けよう。

旅行には金がかかるじゃないかと反論する
と、金のかからない旅行をするんだ。
つまり無銭旅行をするんだと言うんです。

目的地は、箱根関所跡として旅に出て、
乗り物は一切使わず、歩き詰めに歩いて、
夕方になると、お寺か農家に頼んで、
一人か二人に分かれて無料で泊めてもらう。

経済恐慌ではありましたけれども、
いまと違ってどこかゆとりもあって、
気持ちよく泊めてくれましたね。

薪割りをしたり、掃除をしたり風呂焚きを
したり手伝いをして、一晩泊めていただき、
翌朝、出掛ける時に「おばさん、すまないけど
握り飯を握ってくれないか」と厚かましく
頼むと、気持ちよくつくってくれたんです。

野宿も二度しましたが、目的地の箱根の関所
に達しました。いまと違い、誰一人観光に
来ている者はありません。

ただ「関所跡」という御影石の塔が
建っているだけです。

時季でありますから、
風が吹いてぱらぱらと桜の花が散って、
私どもの外套にかかる。

すっかりセンチメンタルになり、淋しく
なりましてね。
「そろそろ帰ろうか」「ああ、帰ろう」と。

その時、一人が私の背中を見て、

「おい松原、おまえ何にもたれていたんだ。
 苔が付いているぞ」

と言うので、背中を払いながら

「この碑だ」

と。

見るとそれは単なる記念碑ではなくて、
何か細かい文字が書いてある。

その文字のところを一人が指でもって
なぞったら、「おい、これは歌らしいぞ。
万葉仮名で書いてあるぞ」と。

そこは文学部の学生たちです。
その歌碑を指でなぞりながら何とか読み
あてたのが、次の一首でした。

 あれを見よ 深山の桜咲きにけり
 真心尽くせ 人知らずとも

ああ、いい歌を教わったな。
これからどんな苦境にあっても、
自分たちは人を騙したり、苦しめたり、
要領のいい生き方はやめような。

山の奥深くに咲いた桜のように、
誰が見てくれようとくれなかろうと、
ただただ真心を尽くしていこうじゃないか。

私たちはその時本当に感動し、そう誓い合い
ました。五人の友達でしたが、いまは一人も
おりません。

その五人とも、誰一人後ろ指を差される者は
なく、人生を終わりました。

この時の誓いがこの年まで私を支えて
くれました。

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 今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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