ほんとうの生きる幸せやありがたさを知る  第 280 号

     窮(きゅう)すれば通(つう)ず

 どうも私達は、ふだんなまけて居て仕事や勉強を

せず、いざ、締切日や試験日が近づいてから慌て

ふためき、追い詰められてやっと重い御輿を上げる

傾向があります。

 「備えあれば患いなし」と分かって日頃から準備を

しておけば、土壇場になって一つもあわてる必要は

ありませんが、なまけ癖のついた人にとっては、

やるべき事をつい先送りしてしまうようです。

 英語で締切日を “デット・ライン„ と言いますが、

まさしく「死線に立つ日」でこの日に否応(いやおう)

なく死刑台に向かい、生きるか死ぬかの瀬戸際に立た

されるわけです。

 しかし、追い詰められてやっと仕事に取りかかるのは、

昔の職人気質の人の中にも、普段気乗りのしない時には、

ただぶらぶらして仕事に取り掛からず、

 気分が乗った時に、初めて猛然と仕事に取り組み、

立派に仕上げる人もいるので、まんざら悪いこととも

言えないようです。

 おそらく仕事の段取りから掛かって、気分が乗るまで

は準備段階でぶらぶらし、乗った時が「起承転結」の

「転」で一気に「結」に追い込むのでしょう。

 鎌倉時代の仏師・運慶(1224年没)は、これから彫る

べき仏像の素材である材木に、自分の頭に描いた仏像の

イメ-ジが乗り移るまで、無念無想の境地で、心を

研ぎ澄まし、

 そのイメ-ジが映った時から形に沿って無駄な部分を

削ぎ落としていったら、いつの間にやら立派な仏像が

仕上がっていたといわれます。

 現代の仏像の彫刻家である松久朋琳(まつひさほうりん)

(1901-1987)さんも、「私は仏像を彫るときに、彫る木に

向かってジ-と見つめていると、それがいつの間にやら

私自身になって、その私を自分が刻んでいるような気持に

なって彫っている」と語っていた。

 これは、私達がどんな仕事に携わっていても、あて

はまる事で、自分が成し遂げようとする対象物の懐の

中に飛び込んでいかないと、「虎穴(こけつ)に入らずん

ば虎児(こじ)を得ず」でそれが自分のものにならない

ようです。

 対象物が何であるかがわかるという事を、英語で

「アンダ-スタンド」と言いますが、この単語は二つ

の文節である “アンダー„ と “スタンド„ からなり、

自分を “スタンド„ という目の前に立っている対象物

の “アンダー„ 、即ち下に入れた時に、初めて

その対象物が分かったという事になります。

 このように仕事をするにあたっては、自分をそれに

追い込まなければ何も得られません。が、仕事だけで

なく私達の人生でも、同じことが言えましょう。

 普段恵まれた生活をし、贅沢に慣れてぬくぬく

し始めると、本当の人生の味が分からなくなるようです。

 そこでは追いつめられることがなく、本気で生きる

ことを知らないからです。

 星野富弘(ほしのとみひろ)さん(1946-)は、かって体操

の教師でしたが、クラブ活動の指導中に宙返りに失敗して

墜落し、首から下が完全に麻痺して、手足の自由を失い、

口に絵筆をくわえて絵や詩を描いています。

 その星野さんは次のような詩をうたっています。

  見ているだけで 何も描けず 一日が終わった

  こんな日と 大きな事をやりとげた日と

  同じ価値を見出せる 心になりたい

  いのちが一番大切だと 思っていたころ

  生きるのが苦しかった

  いのちより大切なものが あると知った日

  生きているのが嬉しかった

 仕事にせよ人生にせよ、追い詰められて初めて、

龍が火の玉を吐くように、自分に与えられたいのちが、

ほとばしり出るのだと思います。

 そして自分の力の尽き果てたところから、仏の出番が

始まり、本当に生きる幸せやありがたさが、納得できる

のではないでしょうか。

         ( 仏教伝道協会 みちしるべより )

  今回も最後までお読みくださり、

         ありがとうございました。 感謝!

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