みんなの前で先生に叱られていたら.自分はろくな人間にはなっていなかったと思う 第 828 号

 本日は過去の記事から、選りすぐった

内容をご紹介。

 明治45年生まれの教育者で、その生涯を

教育に捧げられた徳永康起先生のお話です。

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横田 忠道(チャンプル整体院院長)
   ×
西田 徹(豊岡市立府中小学校教諭)

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【横田】
 徳永(康起)先生のお言葉の中に「濡れ

落ちた実にも必ず芽は出るものです」

というのがあります。

 そして、教職に就かれる時、お母様が

  「人様の子どもさんを大事にしなさい」

とおっしゃったそうで、これらのことが

先生の教育観の根幹ではなかった

かと思います。

 別の言葉では、「教師の目が日の当たる

子ばかりに向いて、他の子が教室の隅に

取り残されるようなことがあっては

許されない」とおっしゃって

いて、特に家庭的に恵まれ

ない子や教室の隅で寂し

そうにしている子に

光を当てようとされていました。

 これは先生から聞いた話ですが、私たち

よりもだいぶ前に受け持たれたクラスで、

「ナイフ盗難事件」があったそうです。

【西田】
 どのような事件ですか。

【横田】
 戦前の話ですが、明日工作をするから

ナイフを持ってくるようクラスに呼び

掛けたら、翌朝、ある児童が自分の

ナイフがないと言い出したそうです。

 先生は「ひょっとしたら、あの子が

盗ったのかもしれない」と思った

児童がいたんですね。

 「運動場で遊んでおいで」とクラス

全員を外へ出して、盗ったと思われ

る子の机を見たら、やはりナイフ

が入っていた。

 先生はすぐに裏口から近くの文房具屋

へ走り、同じナイフを買ってきて、盗

られた子の机の中に、本に挟んで

入れておきました。

 子どもたちが教室に帰ってきた時、「もう

一度、ナイフ探してごらん」と言うと

「先生、ありました」と。

 「しっかり探さなければダメだぞ」と言い

ながら、百分の一秒くらいの時間で盗った

子を見たら、その子はじっと先生を

見ていたそうです。

 それから何年か経って、時は終戦間近

だったそうですが、先生の元に一通

の手紙が届きました。

 そこには「あの時、みんなの前で先生に

叱られていたら、自分はろくな人間

にはなっていなかったと思う。

 これからも自分のように恵まれない

子どもに、どうぞ愛の光を当てて

ください」と書いてあった

そうです。

 続けて、「自分は明日、沖縄へ

向けて出撃します。

 出撃しても先生のことは

一生忘れません」と。

 つまり、遺書だったんですね。

 この心と心の交流、泣けてきますね。

 『致知』2009年1月号

       特集「成徳達材」P18

今回も最後までお読みくださり、ありがとう

             ございました。感謝!

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