アヘン戦争は「近代」と中華帝国との衝突だった 第1,485号

 近代の象徴としての郵便と植民地香港。

 香港返還を目前に、かの地で発行された

切手や、消印のおされた封筒などの資料

を用いて歴史を読みとる。プロパガン

ダ色の強い切手やスローガン入り

の消印から何が解るか。

 アヘン戦争が始まった1840年、イギリス

で世界最初の郵便切手が発行された。

 1840年5月、料金の前納方法としてイギ

リス政府が世界で最初の切手を発行した

ことは、この「近代」的な郵便制度が

国家の事業として確立したことを

意味している。

 イギリスは、この近代的な情報ネットワーク

を、本国だけでなく、進出していったアジ

ア・アフリカの諸地域でも導入する。

 英国の世界進出に伴って郵便というネット

ワークが拡大していくことで、その網に

かかった地域は否応なしに「近代」

に巻き込まれていく。

 もっとも、香港に象徴される「近代」は、

中国にとっては、決して輝かしいもので

はなく、苦難に満ちたものであった。

 じっさい、切手をはじめとする郵便史料

は無限の可能性を秘めた宝の山である。

 そもそも、ある地域で切手を発行し、それを

有価証券として流通させるということは、

その地域が切手の発行者の領有地

であることを意味している。

 のどかな田舎町であった「香港」を一挙に東

アジア近代史の主役へと押し上げたのは、

やはり、アヘン戦争だった。

 1840年に始まるアヘン戦争は、清朝のアヘン

禁輸措置を直接のきっかけとしたものだった

が、その本質は「近代」と中華

帝国との衝突だった。

 当初、茶の輸入による貿易赤字をアヘンの

輸出によって補填しようとするイギリス

のもくろみは成功し、1820年代には、

中国の銀がイギリスへ流れ始めた。

 この過程で巨額の利益を獲得したのが、マグニ

アック商会とデント商会であった。のちに

香港最大の財閥、ジャーディン・マセ

ソン商会を築き上げるウィリアム・

ジャーディンとジェームス・

マセソンは、当時、マグ

ニアック商会のパートナーとして働いていた。

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 今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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