一所懸命にほとんど1人で仕上げた 第1,628号

月刊『致知』には毎号、
心の琴線に触れる記事が掲載されています。

過去の記事の中から、
掲載当時、大きな感動を呼んだエッセイ
「妹は私の誇りです」をご紹介いたします。

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きいちゃんという女の子は、手足が不自由
でした。そして、いつもうつむきがちの、
どちらかというと暗い感じのするお子さんでした。
そのきいちゃんが、ある日とてもうれしそうな顔
で、「山元先生」と言って職員室に飛び込んで
きてくれたのです。

「お姉さんが結婚するのよ、今度私、結婚式出る
のよ。ねえ、結婚式ってどんななの、私どんな

洋服着ようかな」と、とてもうれしそうでした。

「そう、良かったね」と、私もうれしくなりま
した。ところが、それから1週間もしないころ、
今度はきいちゃんが教室で泣いている姿を
見つけたのです。

「きいちゃんどうして泣いているの」と聞くと、
「お母さんが、結婚式に出ないでって言うの。
私のことが恥ずかしいのよ。お姉ちゃんばっかり
可愛いんだわ。私なんか産まなきゃ良かったのに」
とそう言って泣いているのです。

きいちゃんのお母さんは、
お姉さんのことばかり可愛がるような方では
ありません。

どちらかというと、かえってきいちゃんのこと
をいつも可愛がっておられて、目の中に入れて
も痛くないと思っておられるような方でした。

けれどもしかしたら、きいちゃんが結婚式に出
ることで、例えば障害のある子が生まれるん
じゃないかと思われたり、

お姉さんが肩身の狭い思いをするんじゃないか
というようなことをお母さんが考えられたのか
なと、私は思ったりしていました。

きいちゃんに何と言ってあげていいかわかりません
でしたが、ただ、結婚式のプレゼントを一緒に
作ろうかと言ったのです。

お金がなかったので、安い晒(さら)しの生地を
買ってきて、きいちゃんと一緒にそれを夕日の
色に染めたのです。

それでお姉さんに浴衣を縫ってあげようと提案
しました。でもきいちゃんは手が不自由なので、
きっとうまく縫えないだろうなと思っていました。

けれど1針でも2針でもいいし、ミシンもあるし、
私もお手伝いしてもいいからと思っていました。

けれどきいちゃんは頑張りました。
最初は手に血豆をいっぱい作って、
血をたくさん流しながら練習しました。
一所懸命にほとんど1人で仕上げたのです。
とても素敵な浴衣になったので、
お姉さんのところに急いで送りました。

するとお姉さんから電話がかかってきて、
きいちゃんだけでなく、私も結婚式に出て
くださいと言うのです。

お母さんの気持ちを考えてどうしようかと思い
ましたが、お母さんに伺うと、「それがあの子
の気持ちですから出てやってください」と
おっしゃるので、出ることにしました。
お姉さんはとても綺麗で、幸せそうでした。

でも、きいちゃんの姿を見て、何かひそひそ

お話をする方がおられるので、私は、

きいちゃんはどう思っているだろう、

来ないほうが良かったんだろうかと思って

いました。そんなときにお色直しから扉を

開けて出てこられたお姉さんは、驚いた

ことに、きいちゃんが縫った

あの浴衣を着ていました。

★本記事は1997年11月号 特集「一道を拓く」
より一部を抜粋・編集したものです。
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 今回も最後までお読みくださり、

   ありがとうございました。感謝!

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