不揃いこそ、社会のかたちとしては安定感があり強い!! 第 487号

 西岡常一棟梁の内弟子の小川三夫親方が主宰する

宮大工を育成する「鵤(いかるが)工舎」。

 ここには、年齢も性格も能力も学歴もまちまちの

26人の若者が寝食を共にして修業に励んでいる。

 彼らを束ねる親方の型破りの教育論。

 民家ではなく、寺社を中心に手がける宮大工

ですが、木を拵(こしら)え、組み上げていく

作業は、ふつうの大工と同じです。

 大工の仕事は実作業です。

 言葉でも教科書でも技を教えることはできません。

 現場に一緒に立ち、見て、やってみて覚えて

いくしかないのです。

 私たちの仕事は形として残ります。

 いいも悪いも正直に形としてあらわれるのです。

 これは恐ろしいことでもあります。

 技や腕、考えや心構えがそのまま出るのです。

 ですから、つねに全力を尽くすしかありません。

 10年というのは長い時間です。

 しかし、この仕事は急ぎすぎてはいけません。

 一つ一つをゆっくり体や手にしみこませて

いかなくてはならないのです。

 近道、早道は何の役にも立ちません。

 人は学ぶときに素直なまっさらな心にならなければ、

前に進むことが難しいのです。

修業に耐え抜くと、やさしさが生まれます。

 心のゆとりが出てきます。

 これはみな長い時間の修業に耐えてきたから

だと思います。

 刃物を研ぐのは大切なことや。

 刃物研ぎは大工の基礎や。

 刃物が研げなければ、道具は持たせて

もらえないからな。

 不揃いのものを組み上げる。

 30歳前にどっぷり仕事に浸れ。

 何でも先を読むことが大切だ。

 それが段取りだな。

 段取りとは、その仕事の雰囲気を読む

どういうふうにしたらいいか、

こういうふうにしていこう、こういう納めにして

いこうって、一つひとつを読み取れるように

なることだ。

 そのためにはやはり、どっぷりと仕事に浸ることだよ。

 浸らなかったら先が読めない。

 読めるようにもならん。

 それも若いうちに浸らないと仕事を覚えない。

 そのどっぷり浸れることがなかなかできないんだ。

 職人であれば、若いときに弟子入りして、

体がまず先行してできて、後から頭が伴ってくれば、

これは理想的なんだ。

 焦りも少ないんだ。

 いまの人はみんな、頭から先にくるから、

体がついてこない。

 いまは頭の中ばっかり大事にしすぎだな。

 知識偏重だ。

 もっと体のことも大事に考えなあかんよ。

 不器用でもいい。

 不器用の一心というのがある。

 不器用でも、真面目だとか、正義感があるとか、

人には何か一つは取り柄があるからな。

 これは何かになるよ。

 ただ何かになるけれども、時間がかかるから難しい。

 うちは時間が長くてゆっくりしている。

 それに耐えられれば、何とかなる。

 一心不乱にやればいい。

 問題はそれに耐えられるかだ。

 修業のときは弟子を褒めてもいいこと

なんてないよ。

 ちゃんとやって当然なんだ。

 よう考えてごらんよ。

 その本人が真剣に仕事をして、やって出来上がった

ことを褒めてやるなんていうのは失礼だよ。

 一所懸命にやったんだから褒める必要もない、

 無視する必要もない、何もない、そのまんま。

 やはり見る目がないときに何を見に

いったってダメだよ。

 見る目がないときに、ものを見に行くと、

人の言葉を借りて見るだけだな。

 結局、あの曲線が美しいと本やパンフレットに

書いてあることを評論家みたいにいうだけだ。

 思ってもいないことだ。

 西岡棟梁はつねづね、ほかは見なくてもいい、

法隆寺だけを見ておけって、よういっていた。

 それで十分なんだよ。

 あのころ棟梁は、「ここには法隆寺がある、

分からないことがあったら法隆寺に行けばいい。

ほかにはなんにも見えなくていい」

といっていたな。

 うまくなるときは一気になる。

 徐々にではない。

 一気だよ。

 人間、悟るってことがあるやろ。

 それと同じ。

 一気にある日、あるときにわかるんだな。

 もちろん、本人もわかるな。

 それは俺も見ていてわかるよ。

 西岡棟梁もいっていた、「芸事の世界は鈍が勝ち」

というんだって。

 器用ではなくて、鈍くても一所懸命なやつが

最終的に勝つというんだな

 学校は、勉強しかないから、頭に入れるだけで

いいんだよ。それが頭のいい、できる子や。

 でも、大工は基本的には全部応用だよ。

 技術や心構えがある程度までいったら、本も読み、

実際にやってきたことの裏付けができる

ぐらいの知識は持つべきだな。

 最初から知識でやっちゃだめだぞ。

 はじめは全然教えない、教えないで工夫させておく。

 現場を見れば大工の腕が分かる。

 うちでやかましくいうのは整理整頓だ。

 うちの現場も材木の置き場もきれいやで。

 仕事場や現場を見ればその人の腕がわかる
というのは本当だよ。

 それは仕事用に現場が身構えているかどうか

だからや。

 整理整頓というのは、頭の中の整理だよ。

無駄なものを置かないということだ。

 一所懸命やるというのは、200年か300年後に

解体したとき、解体した大工さんが、ああ、

こういう丁寧な仕事をしていたんだなと、

俺たち工人の顔を思い浮かべてくれる、

そのときになったらわかってくれる

だろう、そういうことだ。

  一番思うのは、いまは昔のように普請道楽を

する人とか、施主に見る目のある人が

少ないことだ。

  親方に怒られながら10年間基礎を学び、

つぎの10年は世の中を知り、

他の職人を知る。

 そして自分に気づく。

 怒られるのはここまで。

 40歳にして全開。

 40歳で全開にならないやつは、いままで何の

修業をしてきたかということやな。

 40、50は充実するころ。

 「花はゆっくり咲くがいい」

っていうのは俺が考えた文句だけど、

そんなに早く花を咲かせる必要はないよ。

 不揃いが総持ちで支えあう。

 不揃いな材でつくった法隆寺や薬師寺の塔は、

それらが一本一本支え合って、「総持ち」で

立っているんだからな。

 総持ち、いい言葉だな。

 みんなで持ち。

 不揃いこそ、社会のかたちとしては安定感が

あるし、強い。

 時間に追われていたら不揃いなんていって

いられないんだから。

 しかし、人を育てるには急いではあかん。

 急いだら人は育たんで。

 不揃いの中で育つのが一番や、そう思うよ。

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 今回も最後までお読みくださり、ありがとう

              ございました。感謝!

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