人という生物の不思議さと可笑しさ生きる喜び (最期の事を考える) – 11 – 第1,500号

 単身世帯が主流となり高齢者に限らず、無縁化

社会が進みつつある中で、引き取り手がない

無縁仏がここ10年程で倍増しているという。

 身寄りが無かったり、家族や親族が引き取り

を拒否した場合、死亡地の自治体が火葬・

埋葬する事が法律で決められている。

“死者の尊厳”は大切にせねばなら

ないので当然でありますね。

 私の場合、数十年前に祖父と実父母の喪主を

務めた。当時は家族の死を受け止め残された

家族が考えなくても、地域の慣習によって

行われてきた葬儀。

 そして昨年「古来、子供が出来る最高の供養

とされている」亡き母の三十三回忌を済

ませ、これで3人共見送りました。

 多くの日本人がなじんできた仏事 ( 葬儀・

埋葬・墓・法事 )、 当時と比べて、その

向き合い方が社会の変化に伴い、急

速に変化してきている。

 鵜飼秀徳 (著)「無葬社会」、島田裕巳 (著)

「葬式は要らない」の著者いわく、祭壇も

戒名も江戸時代からの贅沢品。日本人が

葬式に平均200万円近くかけるのは

世間体の為だと断定。

 そういえばお釈迦様は葬式はしなかった

ようだ。古代日本では亡骸が白骨化する

まで2・3年待ってから儀式をしたという。

 今は元気でも100%死に向かって生かされ

やがていつかはやってくる旅立ち、魂は

永遠でも肉体は滅ぶ「死後」誰が葬儀

をするのか、遺骨を引き取りどこに

埋葬し誰が弔うのか。

 死者は基本的にものを言わない、残され

た者の人生観が問われる時代に

なったという事です。

 2011年11月亡義母の場合、普通の葬儀は

せず”家族葬”にするという私は心の中

で「エエッ-」と驚いたものだ。

 そして葬儀なしで直接火葬にする直葬。

 従来”密葬”と呼ばれていたもので、現在

ではこのやり方が過半数に達し主流

になりつつあるようだ。

 埋葬方法も多様化してきている、樹木葬を初め

海や山に火葬した遺骨を粉にしてまく散骨葬。

 墓地ではなくビル型納骨堂に遺骨を安置する。

そこは機械が作動して決められた参拝場所に

遺骨が入った小さな仏壇を運び出してくれ

るものから様々な納骨堂があるようだ。

 早稲田大学の谷川章雄教授(近世考古学)による

と墓地の歴史はそれほど古くはなく家毎に

墓石を設置し死者を供養したのは、18

世紀頃に広がり社会の変化を背景に

墓のあり方も変化を重ねてきたという。

 親が亡くなり数十年続けてきた生まれ故郷の

墓の管理も歳を重ねる毎に出来なく

なるであろう。

 元気なうちに「墓じまい」をして、今の生活圏

に納骨堂を確保しようと考えるようになってきた。

 利便性の良い場所で天候に左右されない納骨堂

で快適に先祖供養から大切な人を弔うことが

出来る。自分の死後も子供に迷惑をかけずに済む。

 お別れの手紙というか”最期”の挨拶状まで作る。

ここまで出来たら完璧だろうが、さてどう

なりますことやら‥‥‥‥。

 いつまで生きられるか、わからないがとにかく

素直に謙虚に悔いなく”息を抜くコツ”を学び

ながら、寿命の神様へあっちにも、こっ

ちにも道草をしながらお越しいただ

くように願いながら、人生を

しみ少しでも長く生かされ

るよう努めていきたい。

 今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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