人として生きたなら.その証を残さなければなりません 第 1,852 号

若者よ、君たちが生きる今日という日は、
死んだ戦友たちが生きたかった未来だ――。
戦艦「大和」の乗組員として先の大戦を
戦い抜き、終戦後はその壮絶な戦争体験、
歴史の真実を伝え続けた八杉康夫さん。


戦後75年に入り、惜しくも1月に亡くなら
れた語り部のお話は、いまを生きる私たちへの
切実なメッセージとなって胸に迫ってきます。


───────────────────

(八杉)
天皇も国家も関係ない、自分の愛する福山を、
そして日本を守ろうと憧れの戦艦大和へ乗った
感動。不沈戦艦といわれた大和の沈没、原爆
投下によって被爆者になる、そして、敗戦。

その全てが17歳の時に一気に起こったのです。

17歳といえば、いまの高校2年生にあたります。
最近は学校関係へ講演に行く機会もありますが、
現在の学生の姿を見ると明らかに戦後の教育が
間違ったと思わざるを得ません。


いや、生徒たちだけではない。間違った教育を
受けた人が先生となり、親となって、地域社会
を動かしているのです。
 
よく「日本は平和ボケ」などと言われますが、
毎日のように親と子が殺し合うこの日本のどこ
が平和ですか? 確かに昔も殺しはありました。


しかし、「殺してみたかった」などと、意味も

なく殺すことは考えられませんでした。

真の平和とは、歴史から学び、つくり上げて
いくほかありません。

鶴を折ったり、徒党を組んでデモをすれば
天から降ってくるものではないのです。

しかし、一流の国立大学の大学院生ですら、
「昭和史は教えてもらっていないので分か
りません」と平気で言います。


ならば自分で学べと私は言いたい。自分で
学び、考えることなしに、自分の生きる
意味が分かるはずがないのです。

人として生きたなら、その証を残さなけれ

ばなりません。

大きくなくてもいいのです。小さくても、
精一杯生きた証を残してほしい。

戦友たちは若くして戦艦大和と運命をともに
しましたが、いまなお未来へ生きる我々に
大きな示唆を与え続けています。


復員後、長く私の中に渦巻いていた「生き
残ってしまった」という罪悪感。それは
いま使命感へと変わりました。


私の一生は私だけの人生ではなく、生きたく
ても生きられなかった戦友たちの人生でも 
あるのです。うかうかと老年を過ごし、死ん 
でいくわけにはいきません。


未来の日本を託す若者たちが歴史を学び、
真の日本人になってくれるよう私は大和の
真実を語り続け、いつか再び戦友たちに
会った時、「俺も生かされた人生でこれだ
け頑張った」と胸を張りたいと思います。

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  今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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