人間が生き延びるための公共の絵を描き込もうとした = 2-1 = 第 1,751 号

 著者は1959年愛媛県松山市生まれ。出版関連

会社、ライター集団を経てノンフィクション

作家となる。「人と時代」を共通テーマ

として、建築、医療、近現代史、経

済、スポーツなど分野を超えて

旺盛に執筆。

 岩手水沢藩士の家に生まれた後藤新平は、

医師から衛生官僚となり、その後台湾

総督府民政長官、満鉄初代総裁、内

務大臣、外務大臣、東京市長などを歴任する。

 明治から大正の変転する近代日本のまさに

基盤を築き上げた不世出の政治家である。

その日本人離れした壮大な構想力、卓

越した行政者としての実行力。彼の

業績はそのまま日本の近代国家

としての道程に重なっていく。

 本書は後藤新平の軌跡を辿ることで、近代

から現代に続く日本の可能性とその限界

とを見極めるものである。

 新平がプロジェクトリーダーとして傑出

していたのはハコモノ建設にとらわれず、

それを機能させるソフトの勘所を掌握

していた点にある。イケイケ、ドン

ドンの裏で綿密な計算を立てていた。

 日清戦争直後の大検疫事業を統括した新平

は、軍部という怪物の御し方を学んだ。

長州閥が掌握する陸軍の習性を知

った。軍部とは序列のトップ

を後ろ盾にして交渉しな

ければならない、現場

で武官がいかに恫喝してこようが、

絶対に引いてはいけない、と肝に銘じた。

 軍部との関係は、やがて台湾統治、満州鉄

道の創業、シベリア出兵と深まり、新平

の生き方を大きく左右する。

 山岡淳一郎『後藤新平。日本の

        羅針盤となった男』

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 今回も最後までお読みくださり、

     ありがとうございました。感謝

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