他の人と違う武器を持とうと考えたのがきっかけでした 第1,293号

 現在、弁護士として活動する菊間千乃さん。

アナウンサーからの見事な転身が
話題になりましたが、そのきっかけと
なったのが、ヤワラちゃんこと
谷亮子選手の存在だったといいます。

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  菊間 千乃(弁護士)
    ×
  戸倉 蓉子(ドムスデザイン社長)
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【戸倉】
菊間さんがアナウンサーから弁護士に
転じようと決意された頃のことも、
詳しく聞かせていただけませんか。

【菊間】
私がフジテレビに入社した頃は、30歳を過ぎて画面で
活躍する女性アナウンサーはほとんどいらっしゃらなくて、
なんとかアナウンサー寿命を延ばすために他の人と
違う武器を持とうと考えたのがきっかけでした。

ですから、最初の目標は資格取得であって、
弁護士になろうと思っていたわけではないんです。

もう一つのきっかけが、ヤワラちゃんこと谷亮子選手でした。

彼女がオリンピックで2回目の銀メダルを取った時に、
試合直後のインタビューで「次のシドニーに向けて
また頑張ります」って答えたのをテレビで観たんです。

【戸倉】
あぁ、そうでしたね。

【菊間】
それまで8年間、とてつもない練習をしてきたのに
金メダルに届かなくて、普通だったらすぐには
次のことなんか考えられないと思うんですけど、
彼女はまた4年頑張ると即答した。

何て強い人だろうってすごく興味が湧いて、
そこからシドニーまで取材をさせていただきました。

そして、彼女が金メダルを取る瞬間を数メートル傍で
見ることができて、それはもうあんなに
感動したことはないっていうくらい感動しました。

でもその時、すごいすごいって拍手しながら、
自分って何てダメなんだろうっていう思いも募ってきたんです。

人に拍手してるだけの自分でいいのかな、
私も何か一所懸命やらなきゃダメなんじゃないかなって。

【戸倉】
あの熱狂の中で、そんなことを考えていらっしゃったんですね。

【菊間】
で、次のアテネオリンピックの取材も
担当させていただいたんですけど、
その時にシドニーの時から4年間、
自分は何も行動を起こしていないことを痛感したんです。

もちろん仕事は一所懸命やっているんですけど、
オリンピックに出る人たちに匹敵するような
人生を懸けた戦いや努力をしているわけではありませんでした。

ただ日々仕事に追われて忙しくしているだけで
いいんだろうかと、いろいろ考えるようになったんです。

そんな折にロースクールができて、
夜間は4年コースだっていうからオリンピックと同じだと思って、
私も4年間オリンピック選手と同じくらい頑張ってみよう、
自分で自分に拍手ができるくらい人生を
懸けて勉強してみようって決意したんです。


 『致知』2019年3月号【最新号】

        特集「志ある者、事竟に成る」P58


  今回も最後までお読みくださり、

        ありがとうございました。感謝!

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