伝統は人間が生活の上に必要とされ受け継がれてできてゆくもの 第 863 号

 茶道裏千家前家元の千玄室さんが茶の

湯の心について『致知』12月号で

お話しされています。

 茶の道を極められてきた千さんの味わい

あるお話の一部を紹介します。

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    千 玄室(茶道裏千家前家元)

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 中世末(1577)に来日したキリスト教宣教

師ジョアン・ロドリゲスは、堺で茶の湯に

接し驚いたと、いまもバチカンの図書

室にある『日本教会史』に述べている。

 小さな茶の家、それは市中の山居であり、

まるで隠者の家の風を表している。

 茶の湯は、あらゆる人を温和にさせ身分の

上下なく、謹んで椀を主と客で楽しむ。

 床の飾りに野の花の一輪、そこには自然

とも一体と感じられる雰囲気があった。

 祈りに近い環境であると。

 多くのバテレンが千利休に茶の湯を

習い、キリストの教えを広げた。

 禅宗を背景とする茶の湯がキリスト教と

一体になり、いわば東西文化の交流

の基をつくったのである。

 利休の茶はあらゆる宗教のカタルシス(受肉)

の如きで、茶室の小さな入り口は狭き門で

あり、その門をくぐるためには階級も

何もない裸の人間にならなくてはならない。

 武家はすべて帯刀を外し、扇子一本

だけの丸腰で茶室に入る。

 「和」、即ち平和をつくるのが

この茶室であった。

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 イエスの教え「狭き門を求める者は

命の泉に達す」。

 この狭き門が茶室の入り口

「にじり口」であろう。

 茶の湯は日本の宗教、そして中国の儒教・

道教の教えを精神に取り入れ、たくみ

に日本化した総合文化なのである。

 歴史と伝統は一体のように考えられるが、

歴史は時代時代においてあったあらゆる

事象が正しく伝えられるものとして

必要なものであり、伝統は人間

が生活の上に必要とされる

もの、いわゆる生活文化

が時とともに次世代に

受け継がれてできてゆくものである。

 『致知』  2017年12月号

            連載「巻頭の言葉」P4

今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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