八病不屈でしぶとく生きていますねん 第 859 号

 かつて「異端の三樹彦」と呼ばれながら

も、一途に自分の信じる道を歩み続けた

俳人・伊丹三樹彦さん。

 97歳のいまもお元気な伊丹さんが語る

80年以上にわたる俳人人生とは──

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  伊丹 三樹彦(俳人)

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──伊丹さんは俳句一筋の人生を歩んでこら

れ、今年で97歳になられたそうですね。

 13歳からだから、もう80年以上俳句を

やってきました。

 役者馬鹿っていう言葉があるけど、私の

場合は「俳人馬鹿」(笑)。

 俳句以外は何にも知らない。

 いまは一人暮らしで、ヘルパーさんが

毎日来て日常のことをやってくれて

いるんだけど、怒られてばっかりや。

 この前も部屋のスリッパでベランダに

出たら、裏が汚れちゃってね。

 洗濯物を増やさないでくれと怒られた(笑)。

──少し前に入院されたと伺っていますが、

もう大丈夫ですか?そうそう、肺炎でね。

 医者からは最低でも三週間は臥せてもらう

と言われましたけど、二週間で退院できた。

 「あんたは底力があるね」って医者に驚か

れたけど、私は病気を7、8回はしてますよ。

 一番は脳梗塞、それから黄疸、赤痢、

ヘルペス、それに鬱病まで。

──それらの病気をすべて乗り越えて

こられたわけですね。

 ええ。八病不屈でしぶとく生きて

いますねん(笑)。

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・『致知』のバックナッバー勢揃い
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──どういったきっかけで俳句を始められ

たのでしょうか。

 きっかけは車内俳句やね。

──車内俳句、ですか。

 そう。私は小学校卒業後は、神戸一中

(旧制)に行きたかったんだけど親

が許してくれなくてね。

 「おまえは実用人間になれ」という

言葉に従って、兵庫県立工業学校

(現・県立兵庫工業高校)の

建築科に入ったんですよ。

 家から学校までは三木駅から播州鉄道で

加古川駅に出て、そこから山陽本線に

乗り換えて兵庫駅まで行く。

 当時はまだ電車はないから、

蒸気機関車でした。

 汽車ぽっぽに乗って、加古川、明石、

舞子、須磨と、窓から見える景色は

どこもええとこばっかりでね。

 明石海峡には帆掛け船が浮かんで

いた時代ですよ。

 もう自然と詠いたくなるやん(笑)。

 『致知』  2017年12月号

            連載「生涯現役」P96

今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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