句会は発見や感動が伝わるかどうかを確認する場である 第1,363号

 脳科学者と俳人が渾身の思いをこめて書く日本

とは、文化とは、そして言葉とは何か。

 言葉には現実を変える力がある。万葉集や芭蕉

の俳句は、まさに瞬間の革命であった。

 日本人の脳にとって美の基準となった

五・七・五。言葉に生命が宿るとき、

人間の生命力が輝きを増す。

 そもそも古人の歌は、土地の霊を鎮める

ために宮廷歌人によって詠まれたもの。

つまり、畏怖という敬虔な気持ち

から言葉や歌が生まれていった。

 作家の開高健に、「スパイ小説のいい、悪いで

その国の新聞の程度がわかる」という発言が

ある。つまり、スパイ小説は文明の成熟

の表れだと言っている。(茂木健一郎)

 言葉を知ることで感性が磨かれ、その感性で

さらに美しい言葉を紡ぐことができる。

 感性と言葉はどちらか一方だけが成熟して

いくのではなく、車の両輪のような

一対の関係だと思う。

 数学者の藤原正彦さんに聞いたのだが、数学者

の岡潔さんは難題を解く前に、徹底的に松雄

芭蕉の俳句を読み続けたという。つまり

数学には情緒が大切だということ。

美しいものを美しいと感じる

心、これが数学を解く。

 「老い」や「時間」や「恋心」という現代にも

通じる普遍的なテーマ。人間の本質は、千年

たっても変わらない。それを気づかせて

くれるのが、文学の力。人間がよく

よく見えてくる芸術だという点

でも、古代の歌には底知れぬ魅力がある。

 俳句とは、突き詰めて言えば命と命の響き

合い。人と人、人と自然が波動を合わ

せることだと私は思う。

 日本人の感性には、すでに自分では気づか

ないほど、潜在化している部分がある。

 俳句とは、このような日本語の

豊かな土壌から生まれた文芸。

 俳句は、「もの」の文学。つまり、自分の

思いを直接述べることなく、ひたすら

「もの」に語らせるもの。

 俳句を作るにはまず、「もの」をつぶさに観察

することが大切。一方的に眺めるのではなく、

対象の声に耳を傾け、波動を合わせ、対話する。

 芭蕉は蛙が水に飛び込む音を聞き、古色蒼然

とした池に静寂を感受した。

 一切の説明を省き、「もの」に思いや感動を

託して黙する。いかに黙るか、これが俳句

の醍醐味です。ゆえに俳句は「沈黙の

文学」ともいわれる。また俳句は

一人称の文学。対象を詠んで

いるようで、余白に作者

の情熱や思想が表出

される。結果的

には「自分自身を詠んでいる」ことになる。

 俳句を詠むとは、対象をまた自分自身の感動を、

徹底的に「突き詰める」ことでもある。

 俳句にはすばらしいシステムがある。句会です。

他人の目に自作をさらし、発見や感動が伝わ

るかどうかを確認する場である。

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 今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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