周囲の気持ちを丁寧に受け取り.自分の気持ちをていねいに伝える 第 336号

 岡山市を中心に一つの法人、五つの歯科医院、一つの

歯科技工所を擁するアスペックグループ。

 社長の小林充治さんは20年以上前、歯科医院

の経営と家庭の人間関係に行き詰まり、

人生のどん底に落てしまいます。

 その時、小林さんを救ったのがある人の

紹介で出合った安岡正篤先生の

人間学でした。

 ここでは小林さんのご体験談の

一部を紹介します。

────────[今日の注目の人]───

★ 安岡人間学にひかれた運命 ★

小林 充治(アスペック社長)

───────────────────

 「自分を見つめ直したいから実家に行って

きます。

 そこで考えが変わらなかったら、私は

別れることにします」

 妻からこう言い放たれたのは、

平成15年のことでした。

 成功者の仲間入りを果たしたと思い込んで

いた私の人生は、一体どこで狂って

しまったのか。

 その時の私には考えも及びませんでした。

 私が岡山で歯科医院を開業したのは

平成4年でした。

 父親の体が不自由で実家の家計が苦しかった

ため、私は子供の頃から、自分が頑張って

家族にいい生活をさせてやらなければ

ならない、という思いを抱いて

いました。

 そこで大学の歯学部、さらに大学院に

進んでがむしゃらに勉強し、在学中に

知り合った妻と、ビルの一角を

借りて「オリーブ歯科」を開業。

 妻が当時まだ珍しかった小児歯科の

認定医の資格を持っていたことや、

「痛くない」

「待たせない」

「治療内容について明確に説明する」

 というポリシーを掲げたことなどが奏功

して、患者さんの予約でいっぱいの

人気歯科医院となりました。

 大きな家を建てて田舎の母を呼び、

また33歳の若さで市の歯科

医師会の理事に就任し、

私は得意の絶頂にありました。

 ところがその頃から、人生の歯車が

少しずつ狂い始めたのです。

 医師会活動が多忙になったことで、

診療にしばしば遅れが生じ、

スタッフとのコミュニケーションが

不十分になりました。

(中略)

 医院の運営や医師会活動で多忙な上、毎晩

付き合いで遅くまで飲んで帰るため、

家庭を顧みる余裕は全く

ありませんでした。

 そんな私に不満を募らせた妻とは衝突が

絶えなくなり、冒頭に記したように

実家に帰ってしまった時期も

ありました。

 さらには、荒んだ家庭に精神を蝕まれた

長女が、拒食症で入院する事態に

至ってしまいました。

 妻から聞かされるまで、彼女の異変に

全く気づかなかったことは、大変

なショックでした。

 歯科医院の経営も家庭も行き詰まり、私は

得意の絶頂から一転、人生のどん底に

突き落とされたのでした。

※窮地に陥った小林さんの辛い心境が

よく伝わってきます。

 小林さんはその後、安岡人間学に出合い、

経営と家庭を見事に立て直していかれます。

 安岡先生の言葉はどん底にあった小林さん

をどのように救ったのでしょうか。 

 『致知』2016年7月号  

         特集「腹中書あり」P48

http://online.chichi.co.jp/ext/teiki.html

今回も最後までお読みくださり、ありがとう

             ございました。 感謝!

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