国益の犠牲となる人々への配慮でもあり贖罪でもある 第1,236号

 「TPPが経済を救う」。 そう信じて日本

は交渉参加に乗り出した。 自由貿易は

常に覇権国にのみ有利に働き、残り

の国は主権すら奪われるという

のに。 今や貿易交渉は現代

の「侵略戦争」であり、

超大国が主導する自由貿易協定

は世界を縛る「究極の法」となる。

 

 日米繊維交渉と沖縄返還。

 

 1969年から71年までに行われた

「日米繊維交渉」とは何か。

 

 日本の国益という問題に対し、当時の

政治家が「何を守ろうとしたか」、そ

して「どう立ち振る舞ったか」を

この交渉から考えることができる。

 

 かつて繊維産業は今より貿易量が多く、

両国の経済を支える重要な産業だった。

 

 1968年の大統領選において、ニクソン

候補は、アメリカ南部の支持を求めて、

南部の重要産業だった「繊維業界

の保護」を公約し、選挙に勝利。

 

 大統領就任直後には、

その実行を明言した。

 

 ニクソン政権は、日本に綿製品の輸出

自主規制を求めるなど強硬策をとり、

日米間の繊維を巡る貿易摩擦が過熱した。

 

 同時期、日米間では「沖縄返還

交渉」が進展していた。

 

 ニクソン大統領は、当時の佐藤栄作首相

に対して、「繊維問題での日本の譲歩」

と「沖縄返還」を取引することを示唆した。

 

 佐藤首相は、沖縄返還という悲願

を実現すべくこの取引に応じた。

 

 そこで佐藤首相は、沖縄返還を実現する

ために、大平、宮澤、田中角栄といった

エース級を次々に通商産業大臣に投入

して、日米繊維問題の解決にあたった。

 

 田中通産大臣は大幅に譲歩し、アメリカ

側の提案を全面的に受け入れて交渉を

決着させた。国内では繊維業界が

激しく抵抗し、大蔵省の反対

を押し切って巨額の繊維

業界共済措置を講じる

ことで事態を収拾した。

 

 いずれにせよ、沖縄返還と繊維交渉の

決着には、佐藤の決断に加え、大平、

宮澤、田中の3通産大臣の奮闘、

繊維業界内の粘り強い調整があった。

 

 なかでも、国内の政治や業界をまとめる

際に発揮された田中角栄の政治力に

は目を見張るものがある。

 

 田中角栄に見る根回しや調整について。

 

 日米繊維交渉で注目すべきは、当時の

政治家や官僚が熱心に根回しや

調整を行ったことだ。

 

 国内の関連産業には大きな負担を強い

なければならず、密約のために沖縄

返還という大義を明かすことができない、

 

 という苦しい立場で、それでもアメリ

カの要望を飲まなければならない。

 

 そういったギリギリの交渉では、

特に根回しや調整がものを言う。

 

 田中角栄通産大臣は、密約を交わして

しまった総理、利己的な要求を突き

付けてくるアメリカ政府、その

要求に猛反対する繊維業界

や通産省、巨額の救済

融資に反対する大蔵省など、

利害や思惑の異なる様々な人々の間を

うまく立ち回り、繊維交渉を終結させた。

 

 根回しや調整は、最近では「古い政治」

「悪しき因習」「政治屋の仕事」など

というステレオタイプがつきまと

うが、それは国益の犠牲とな

る人々への、配慮でも

あり贖罪でもある。

 

 特に貿易自由化など、国家や国民にとっ

て影響の大きい政策の実行は、とくに

慎重な手順を踏み、時間をかけて

漸進的に行われてきた。

 

 政府や与党は、各種業界団体と精力的

に調整を行い、表裏のあらゆるルート

を駆使して、根回しを重ねた。

 

 政治家は発言の内容やタイミングに

も気を使い、妥協の道を探った。

 

 

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今回も最後までお読みくださり、

             ありがとうございました。感謝!

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