土木技術をもつ「ヤミ屋のオヤジ」軍団 = 2-2 = 第1,702号

 徳山は、3月21日、徳山局長名で以下のよう

な文書を被災市町村にファックスを送った。

 「私のことを『整備局長』と思わず、『ヤミ

屋のオヤジ』と思ってください。いつで

もお手伝いさせていただきます」

 こうして徳山局長以下、東北地方整備局、

さらにいえば国交省全体が、土木技術を

もつ「ヤミ屋のオヤジ」軍団となった。

 ゼネコンが支えた「ヤミ屋のオヤジ」。

 命の救援ルートを開いた「くしの歯作戦」。

 道路啓開の「くしの歯作戦」は、発災当日、

徳山局長が職員みんなに指示した

ポイントのひとつだ。

 災害対応経験は、先を読む力。

 徳山は、池口や熊谷がいうように、「バン

バン指示をして、バンバン係をつくった」

「首長とホットラインで話していると、

新しいアイデアがボコボコ出て

きたのだろう」と、池口。

 復興に向けては、まちづくりサポートマッ

プや浸水リスクマップの作成や、まちづく

りの相談にのるカウンターパートを創設

するなどして、一足早く、出しゃばら

ず、支援を続けている。

 「全国の出先(地方整備局)は全国で起こる

ことを経験できているから、次に必要な物は

わかっている。復興に向けてどのような手

続きがとられるか、今までの経験で知っ

ているから、何をしなければならな

いか、次にどんな手を打つべき

かが、見えてくる」

 国交省職員としての様々な災害経験が、徳山

に先を見越した的確な対応を可能にした。

さらに、首長の声やリエゾンなど

現場からもたらされる情報か

ら、いろんなアイデアを

思いつき、それを即実践する肝があった。

 国交省スタッフでリエゾンとして陸前高田

市に入っていた菅原は、戸羽市長に撤退

の挨拶に行った。市長は感慨深そう

に言った。「震災直後から入っ

ていただいて有難う」この言葉が救いだった。

 「なにかあったら、いつでもなんでも連絡

ください」菅原は自分の携帯電話番号を

添えたメモを残した。その後、市の

担当者から、災害対策本部車に

不具合が発生したときや、

操作方法の問い合わせなどで、

菅原に電話が入るようになった。

 自分を頼ってくる電話は旧友からかかっ

てくるようで、菅原は嬉しかった。

 首長や市町村職員からかけられる言葉、

電話、一緒に撮った写真、手紙、おに

ぎり‥‥‥‥。ほんの小さなこと

だが、被災市町村に寄り添っ

てきたリエゾンの思いが伝わった証だ。

 もう災害は起こって欲しくない。起こっても

被害が最小であるよう整備したい。しかし、

起きたら全身全霊で支援したい。

 彼らの目立たない奮闘ぶりを発信する

ことが、自分の使命だと思った。

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 今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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