地元とは運命共同体であり「共存共栄以外に道はない」 = 2-2 = 第 637 号

 東日本大震災にあっても、そのDNAは10代目

社長の海和誠に受け継がれていた。

 カネに糸目をつけずに一刻も早く停電を解消し、

潤沢な電気をとどけることによって、人々の

暮らしと経済を立て直しを支援する

という道を選択させた。

 釜石は過去に何度も強大な津波に襲われた歴史を

持つだけに、古くから「地震が来たら、津波が

来る。てんでんに(それぞれに)安全な

場所へ逃げろ」という生きる

ための言い伝えがある。

 一人で逃げるのは決して身勝手なことではない。

 まずは、それぞれが無事に生き延びることを

優先しろ。

 そうすれば、後でみんなで無事を喜び合える、

というような意味の言い伝えだ。

 白洲が創業当時の東北電力の経営基盤を築いた

唯一の功労者として描かれることも多い。

 通説は、さすがに白洲を持ち上げ過ぎだと思う。

 基本的に、東北電力としての白洲は、対外的な

交渉や儀礼的な面での顔として貢献した人物

として評価すべきではなかろうか。

 東北電力の経営や内部固めは、社長の内ヶ崎が

尽力したものと見るのが自然である。

 筆者が取材した限り、実際の白洲は、門外漢が

電力会社の経営に無用な口出しをすべきでは

ないと、かなり自重していた

ように思われる。

 会長室を東北電力の本店がある仙台ではなく、

東京支社に置かせて、水力発電所やダムの

建設など政府の開発計画に睨みを

利かせていたのだ。

 震災の翌日、海輪社長は以下の復旧の

基本方針を示した。

1.とにかく二次災害に十分注意して、被害状況の

把握を急ぐ。

2.会社として、社員、家族、関係者の安否確認を

急ぎ、必要なら心のケアにも努める。

3.対マスコミも含めて、適宜、正確な情報の発信

を行う。

4.従来の災害よりも復旧作業が大幅に長期化する

可能性があるので、常に交代要員を確保し、

余裕を持った応援計画を立案する。

 海輪は部下を信頼しており、非常事態だからと

いって、わざわざ自分が鼓舞する必要はない

と知っている。

 社員たちがライフラインである電力の供給を業と

する会社の人間として、早期の供給再開に全力

で取り組みことに疑いを挟む余地はない。

 彼らは営業エリアの東北6県と

新潟への愛着を持っている。

 社長である自分は、むしろブレーキをかける

ぐらいが丁度よいと信じている。

 だからこそ、叱咤激励するのではなく、慌てる

ことはない、自分と自分の家族を大切にして

ほしいと語りかけたのだ。

 本書の取材を通じて筆者が感じたのは、他の電力

会社と違い、東北電力が地元をカネさえばら

撒いておけば足りる存在として決して

見ていないということだ。

 トップにも、現場にも、地元とは運命共同体で

あり、「共存共栄以外に道はない」と

いう考え方が浸透していた。

 加えて、東北出身者が社員の95%を占めて

おり、それぞれの職場の回りに、社員の親や

兄弟、親戚が住んでいるという事情もある。

 東日本大震災以前、女川町の酒場では、女川

原発の所員が地元の人々と肩を並べて

酒を酌み交わしていた。

 この会社では、親子二代の東北電力勤務は珍しく

なく、三代目の社員も少なくない。

 そういう意味では、東北電力は、まるで

江戸時代の藩のようだ。

 今どき、珍しいタイプの会社である

 筆者は疑問を感じるとしつこく問い質すたちで、

何度も取材に訪ねたり、繰り返し電話を

することも厭わない。

 取材先には迷惑だろうが、読者に正確な情報を

伝えるためには必要なことなのである。

 それゆえ、現役の新聞記者時代には「すっぽん」

というニックネームを取材先から頂戴し、

辟易されたことが何度もあった。

しかし、女川原発社長代理の遠藤氏の説明は、筆者の

方が、心の中で「もう、その辺で十分です」と

言いたくなるような粘り強いものだった。

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 今回も最後までお読みくださり、ありがとう

              ございました。感謝!

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