夢に生きるとは目の前のことを受け入れ.小さな一歩を踏み出し続けること 第 413号

 江戸時代に歩いて日本列島を横断し、日本で

初めての実測地図をつくった人物がいます。

 そう、伊能忠敬です。

 本日はそんな伊能忠敬の生き方がイキイキと

語られた白駒妃登美さんの『子どもの心に光を

灯す日本の偉人の物語』からその一部を

皆さんにお届けします。

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 夜になると、星空を見上げていた忠敬。

 50歳になっても、夢をあきらめて

いなかった忠敬。

 55歳から17年間、一歩一歩踏み出し続け、

地球一周分を歩きぬいた忠敬。

 考えてみると、忠敬の人生は、夢に向かって

一直線に突き進んだわけではありません。

 忠敬は、いつだって自分に与えられた環境を

受け入れ、ご縁を大切にし、ご縁をいただいた

人たちを笑顔にするために、自分にできること

を精一杯やり続けたのです。

 婿入りした当初は、忠敬はひたすら伊能家の

当主として家族や従業員を大切にし、商人

として、お客様を大切にしました。

 人間は与えられた場で努力を重ねれば、

必ず成長します。

 成長すると、人生の扉が開き、次のステージ

に上っていけます。

 そしてそこでは、成長した分だけ、一回り

大きなことができる自分になっているのです。

 ちょうどその頃、天明の大飢饉が起こり、

日本中で餓死者が続出しました。

 そんな中、佐原の町では奇跡が起こるのです。

 餓死者がゼロ……!

 なぜ佐原で餓死者が出なかったのかというと、

その陰には忠敬の存在がありました。

 伊能家の蔵には、お酒の原料であるお米が

たくさん眠っています。

 忠敬は、そのお米を無償で地域の人々に

分け与えたと言われています。

 そんな忠敬は、きっと多くの人から愛され、

応援されたのだと思います。

 だからこそ、忠敬の人生は、夢であった

天体観測を超えて、夢にすら描いていな

かった、『大日本沿海輿地全図』の

作製という、歴史的大偉業へ

運ばれたのではないでしょうか。

 夢に生きるとは、やりたいことや好きなこと

だけをやることではないのです。

 夢に生きるとは、目の前のことをすべて

受け入れ、そのときにできる小さな

一歩を踏み出し続けること。

 夢に生きるとは、大切な人たちを、

ちゃんと大切にすること。

 チャンスはいつだって、今、目の前に

あるということです。

 そして忠敬が大切にしたのは、家族やお客様、

地域の人々ばかりではありません。

 忠敬は、東日本の第一回測量に出かける際に、

「隠居の慰みとは申しながら、後世の参考

ともなるべき地図を作りたい」

という手紙を幕府に宛てて出しています。

 年老いた忠敬が、身体も心もきついのに、

測量をやり遂げることができたのは、

「今自分がやっていることが、

必ず後世の日本人のためになる」

という誇りがあったからなのでしょうね。

 そして忠敬の言う「後世の日本人」とは、

誰のことでしょう?

そうです、私たちのことです!

 忠敬は、後世に生きる私たちのことも、

大切に思ってくれていたんですね。

 日本の歴史には、愛が溢れていますね。

※本書には、天才藩主・島津斉彬の偉業

 フレッド=イサム和田の五輪秘話

 日本文化を花開かせた村上天皇

 天に愛された武将・立花宗

 武将・蒲生氏郷の思いやり

など、感動する物語が満載です!

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『子どもの心に光を灯す日本の偉人の物語』
      
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 『致知』2016年11月号   特 集    闘魂  

              http://www.chichi.co.jp/info/month

 今回も最後までお読みくださり、ありがとう

            ございました。 感謝!

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