実は脳幹の素質こそが一生にわたって人生を左右する 第 726 号

 健全な精神が老いていく肉体を守ってくれる…。

常に正面きって向かい合う生き方を貫いてきた

著者の、生老病死に対する冷静で懸命な姿勢。

 老いを迎え討つ精神を謳った勇気を与えて

くれる鮮烈なメッセージ。

 「人間というのは、三十過ぎると走り出すんだ

よな」ある時ふと次男の良純がいいました。

それがなぜか妙に耳に残っています。

 男は自分の肉体の変化に敏感なのだと思う

 特に、プロに限らず何か激しいスポーツを

こなしてきた人間には、自分の肉体の

微妙な変化がよくわかる。

人間はいまいましさに耐えなくてはならない。

 その、耐えるということのなかにこそ

人生の新しい発見がありもする。

 そして、それに耐えるということが人生にまた

新しいいろいろな何かをもたらしてくれる。

 例えばその一つは、真の強さということ。

 若い頃私たちはよく、健康な肉体にこそ健全

な精神が宿るといわれたものです。

 それは真理だと思う。

 だから、それが真理であるが故にも

その逆説もあり得るのです。

 つまり、ある年齢にまでなると今までとは

逆に、健全な精神が、老いていく肉体も

守ってくれるのです。

 私のヨットのクルーたちは私の何十歳かの節々に

御祝いのパーティをやってくれる。

 その度酔いにまかせて、「ああ、石原さんも

もう四十だ」「五十だ」「六十だ」と

からかっていいます。

 そして私は負けずに、「俺は確かにもう還暦だよ、

しかし誰しも年をとるんで、お前らとて

その内必ず六十にもなるんだ。

 しかしお前ら、その時今の俺と同じくらい

手前勝手に生き生きしていられるかな」

などと言い返しています。

 その気持ちはこの今とて変わりはない。

 だからこの頃は町でトレパンをはいてジョギング

をしている年配者を見ると、「頑張れよ」

と声をかけたりもする。

 まったく、この気持ちがお前らにわかって

たまるかという心境だ。

 こういう心境は、若い頃に体をいじめて鍛えた

経験のない人間にはあまりわからないでしょう。

 私自身は子供の頃ひ弱でよく熱を

出して寝込んでいた。

 それが旧制の中学時代にサッカー部に入って

目茶目茶にしごかれている内に、自分の

体が見る間にまったく違うものに変

わっていくのを経験した。

 後年、弟の裕次郎は無類の酒好きになり、

いつも飲んでばかりいた。

 私の方はスポーツをする時間がわずかでも

いかにも欲しいタイプの人間に

なってしまいました。

 精神なり情操、感性と肉体のバランスの妙が

わかるようになると、そのバランスを取り

戻し健全な発想を得て、さらにその

発想にひらめきを与えるためにも、

たとえ選挙の真っ只中でも最後の会場から家や

宿舎まで数キロの距離を一人で走って帰る

ような人間になりおおせていました。

 中学時代のあの体験こそが、

私の脳幹を鍛えてくれた。

 人間は強い脳幹を持てば持つほどその人生を

豊かに、つまり幸せに過ごすことができる。

 その独自の観察と分析による動物行動学でノーベル

賞を受賞したコンラッド・ローレンツは、「幼い

頃に肉体的苦痛を味わったことのない人間は

大人になって必ず不幸なことになる」

といっています。

 実は脳幹の素質こそが一生にわたって

人生を左右するのです。

 石原慎太郎『老いてこそ人生』

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今回も最後までお読みくださり、ありがとう

            ございました。感謝!

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