差別からの解放と社会復帰実現を求めつづけてきた 第1,673号

 本書は、競艇の創設に尽力し「日本のドン」

の汚名を背負った故・笹川良一氏と、ハンセ

ン病制圧を中心とした慈善事業を担う三男

の笹川陽平・日本財団会長の、父と子の

物語である。

 1899年に生まれた笹川良一氏は戦後、A級

戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監。48

年の釈放後、51年のモーターボート競走

法制定に尽力、全国モーターボート競

走会連合会、日本船舶振興会を設立

し、会長に就任。競艇の売り上げ

の一部を慈善活動に使う集金シ

ステムは、「右手でテラ銭を

集めて左手で浄財として配

る」と揶揄され、90年代

にはメディアが“笹川帝

国”批判キャンペーンを繰り広げた。

 全国に24カ所ある競艇場が稼ぎ出す額は、

その当時、年間2兆円にのぼっていた。

 そのうち75パーセントが競艇ファンに還流

され、残りの25%が開催費や主催者である

地元の自治体、各地のモーターボート競

走会などに配分きれる。

 そして売上げの3.3パーセント(現在は約2.5%)

が、財団法人日本船舶振興会(現在の日本財団)

に自動的に、はいる仕組みになっていた。

 3.3%というと、およそ660億円。この莫大

な金を、運輸省(現在の国土交通省)の管轄

のもと、海運造船関係と文化福祉関係

に補助金として分配する。

 その分配する実際の額は金利分もあって、

800億円以上にのぼると言われていたが、

この分配の来配を一手に握っていたの

が会長である笹川良一だった。

 ロックフェラー財団を凌ぐ世界に類例を見

ない巨大な慈善財団とその合理的な集金

システムをつくりあげた良一は、た

ぶん天才であったのかもしれない。

 彼が過去の悪名を断ち切るように慈善家と

してその才能をいかんなく発揮したのは、

旧約聖書の時代から世界各地でもっ

とも手酷い仕打ちをうけてきた

ハンセン病者を癒す活動に

おいてであった。

 彼はハンセン病撲滅のために多額の資金を

世界保健機関WHOに提供し、みずから世

界各地を訪れてはハンセン病者の実態

をまなこに刻み、励ましつづけた。

 じつは、こうした振付をしたのは、

すべて笹川陽平の手腕によっていた。

 陽平は、悪名祓いの使命を

みずからに課していたのだ。

 その彼も現在、日本財団会長として世界

各地を飛びまわり、ほぼハンセン病を

制圧することに成功している。

 かっては「業病」「天刑病」とまで言われ、

日本でも強制隔離がおこなわれた。

 ハンセン病が治癒できる病となって以降、

彼は良一の時代にはなかった、ハンセン

病回復者の差別からの解放と社会復帰

実現を各国政府に求めて、世界行脚

をつづけてきたのである。

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 今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝!

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