我が子の素質が開花するよう温かく見守ることも父親の役割 第1,031号

 生まれながらにして類まれなる

才能を秘めていたピカソ。

 その才能がいかんなく発揮された背景

には、自らの絵筆をきっぱりと捨て

た父の存在がありました。

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 木原 武一 (評論家)

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 学校へ上がってからも、ピカソは

絵ばかり描いていた。

 教科書の余白は絵で埋め尽くされたが、

読み書き計算はまるでできず、アル

ファベットの順序を覚えること

すらできなかった。

 ピカソがなぜそこまで絵を描くことに

夢中になったかといえば、画家の父

親がいつも絵筆を握っているの

を見ていたからである。

 幼い頃の環境がピカソの

才能を育んだのである。

 彼の家族は、決して絵を描くことを禁じ

たり、勉強を押しつけたりはしなかった。

 父親は、息子ほどの画才があれば必ず

将来立派な画家になるだろうと期待を

寄せ、母親も、我が子は何をやっ

ても最高の能力を発揮するだ

ろうとその将来を信じて疑わなかった。

 一家を挙げてピカソの才能を称賛

して止まなかったのである。

 ピカソが10歳になると、父親は自分

が教師を務める美術学校に我が子を

入れ、学校でも自宅でも徹底的

に絵の基礎を教え込んだ。

 生涯に2万点もの作品を描いたピカソ

だが、実は描いたデッサンの数

も膨大であった。

 父親のもとで徹底的に基礎を養ったから

こそ、ピカソはその才能を大きく開花

させることができたのである。

 そうした父と子の関係は、ピカソ

が13歳の時に転機を迎える。

 ピカソが描いた鳩の絵を見て、我が子が

自分の力量を凌駕していることを悟った

父は、自分の絵筆を息子に譲り、以来

絵を描くことを一切やめてしまっ

たのである。

(中略)

 ピカソが幸せだったのは、同じ絵の道

を歩んでいた父親が、我が子の才能を

素直に認め、いたずらに矯正しな

かったことである。

 教えることばかりが

父親の役割ではない。

 我が子の素質が開花するよう温かく

見守ることも父親の役割であり、

愛情の表現であると私は思う。

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 親子の関係から学ぶ生き方、考え方
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『致知』2018年6月号【最新号】

     特集「父と子」P44

今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝

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