抜いている草も生きているのや.すいませんという気持ちを持たなあかんよ 第 985 号

 茶道裏千家前家元・千玄室さんには、

世界に茶道を普及しようと思われ

た原点があります。

 それが戦争体験です。特攻隊で出撃する

前に終戦となり、京都に戻った千さん

ですが、そこから始まったのが自

分自身との激しい葛藤でした。

 宗教学者である山折哲雄さんとの

対談記事の一部を紹介します。

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 千 玄室(茶道裏千家前家元)
   ×
 山折 哲雄(国際日本文化

        センター前所長)

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 私は1943年、21歳の時に海軍で飛行

士官となり特別攻撃隊に移って

戦闘訓練を始めました。

 ここではいよいよ出撃となると、要務

士官が来て名前を読み上げる。

 呼ばれた6.7人が6時間後、午前零時

前後に沖縄に向けて飛び立つのです。

 士官が来るたびに「明日は我が身か」と

いう思いで毎日を過ごしておりました。

 出撃となっても、誰も泣いたり喚いたり

ということはありませんでしたね。

 早暁戦友を見送るのですが、飛び

立ったが最後誰も帰ってこない。

 座布団が一つずつ空いていくのを見ます

と、なんともやりきれない気持ち

にかられました。

 私は出撃する前に待機命令

が下りましてね。

 死ぬ一歩手前で三途の川

から戻ってきたのです。

 ですから京都に帰りましても、「死に損な

いの自分は胸を張っては歩けない」「戦

友に申し訳ない」という忸怩たる思い

が消えることがありませんでした。

 自分の存在は一体何だろうと思ったら、

非常にいやになりましてね。

 大学を出ると、大徳寺の

僧堂に入りました。

 ここで後藤瑞巖老師に就いて修行をさせ

ていただいたことが、人生の大きな

転機になりました。

 坐禅と作務に明け暮れる日々でござい

ましたけれども、戦後の物不足の中

での一汁一菜の生活でしたから、

坐禅の最中にカレーライスが

出てきたりハンバーグが

出てきたり、考える

のは食べ物のことばかり(笑)。

 腹が減って腹が減って、餓鬼道とは

このことかと思いました。

 思考能力もないまま修

行をしていたのです。

 で、ある時、庭の草取りをしていました

ら瑞巖老師が立っていらして「いま、

あなたはどういう気持ちで草

を抜いてるのや」と。

 私は腹が空いて嫌気ばかりで、その

質問には答えられませんでした。

 その時に老師がこうおっしゃったのです。

「抜いている草も生きているのや。

 生きているのやから、草に対してすいま

せん、すいませんという気持ちを

持たなあかんよ」

 この言葉を聞いて私はハッとしたのです。

 生きて帰ってきたことは何も

恥ずべきことではない。

 生かされて帰ってきたからこそ、仲間

の分まで頑張らねばならないのだと。

 目から鱗と申しますか、修行に本腰が

入るようになったのは瑞巖老師

のこの一言からでした。

 翌年から海外を回って、平和のために

お茶を普及しようと決意したのも、

この言葉によるところが

大きゅうございましたね。

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千玄室さんの『致知』応援メッセージ
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 致知』は素晴らしい内容が

豊富に掲載され勉強になる。

 知ることのために熟読する。

 いまは亡き安岡正篤先生の

教えも伝えられる。

 知ることの「行い」そして

行いはまた「知」である。

 即ち実体化となる論は、正に「知行

合一」で、今日の情報多様化の

時代に必要なものである。

『致知』2010年1月号

       特集「人生信條」P6

今回も最後までお読みくださり、

    ありがとうございました。感謝

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