教える者と学ぶ者の情熱がなによりも必要だとおもう 第1,312号

 武骨な中年作家と、高校生になった息子の微妙な

距離。時にぶつかり合うなかで、親として

何を伝えられるのか。

 世に流されず、逞しく生きる力を養うにはどうしたら

よいのか。「厳父慈母」という言葉が死語になり

つつある今、男親の威厳を守り抜こうと体を

張って奮闘する姿は微笑ましく、眩しい。

 スポーツをするのもこども同士が喧嘩をする

のも、人間関係の間合いをとる学習にもな

るし、勝ったり負けたりするのは人生

の痛みを知る訓練なのだ。

 「約束も守れよ。連絡はするんだぞ」このように、

わたしは息子に人との約束は守れ、約束がむり

になったら必ず連絡をとれ、逃げ出すよう

なズルはするなよ、と言い聞かせている。

 うるさい親父だろうが、それだけ守れる

なら、あとは勝手にしろだ。

 教育は詰め込みが重要。わたしは戦後の団塊世代

の人間だが、そのときでも先の世代の人たちには、

当用漢字は少なくなり大丈夫かと心配された。

昔はおおかたの家には、調度品代わりに文学全集や

個人全集があった。百科事典もあったはずだ。

 そういうものを並べているだけでも、子供達が手に

する機会ができて、読書に親しむこともあっ

たのだが、今は少なくなった。

 「人生五十年、住宅ローン三十五年、という信長の言葉

を知っているか」わたしは先日、知人から聞いた

ジョークを息子にしゃべってみた。

 「いいかげんなことを言うなよ。

酔っているのか」と返された。

 知力と胆力を鍛える。実際はどうかわからないが、

西郷隆盛や坂本龍馬がわたしたちに好感をもた

れているのは、国の行く末をかんがえると

ともに、無私の人物だったからではないか。

 人生は苦労する過程が大事。若者の半分近くは大学に

行く時代になり、大学は教える者も教えられる者も、

緊張感のない場所になっている。ときどき教育

には、教える者と学ぶ者の情熱がなにより

も必要だとおもうときがある。

 たとえば幕末に松下村塾というものがあった。そこは

高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋、山田

顕義など明治維新の立役者を輩出したとこ

ろだ。彼らがその松下村塾で、吉田

松陰に学んだのは3年にも満た

ない。そして松蔭は29歳で死んでいる。

佐藤洋二郎『厳父の作法』

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  今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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