日常に感謝することがどれほど大事であることか 第1,468号

音楽活動をしていた34歳の時に、突然、脳梗塞を
発症、言語障がい・聴覚障がい・右手麻痺・失語症

という重度障がい者になった河村武明さん。

その絶望を乗り越え、いま画家・詩人として活躍

する河村さんが掴んだ人生の法則――。

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(河村)
……2001年10月、自宅に一人でいる時に、
突然脳梗塞で倒れたのです。
発見されるまでに48時間が経過していました。
そして、搬送された病院のICU(集中治療室)

から個室に移ったその日、僕は「言語障がい・

聴覚障がい・右手麻痺・失語症」という重い

後遺症が残っていることを知らされたのでした。 

まさか自分が障がい者――
言葉は何一つ喋ることができないのに声を

上げて泣きました。火がついたように泣いた

のは、大人になってから初めてのことでした。

運も神様も周りの人間からも、すべてから

見捨てられたと感じ、「34歳で自分の

人生は見事に終わった。

これ以上生きていても何一ついいことはない。
僕は世界で一番不幸だ」と本気で思いました。 

それは深い絶望でした。なぜなら、歌を歌う

こと、音楽を聴くこと、ギターを弾く右手など、
脳梗塞は僕が得意だったものをわざわざ選んだ

かのように、そのすべてを奪っていったからです。

本当の絶望を経験した人は「周りの景色がモノクロ

になる」と言いますが、僕も本当にそうなりました。

「死」が僕を強く誘っていました。

40日間の緊急入院が終わると、家族の支えを受け

ながら、隣接するリハビリテーション病院で

本格的なリハビリに取り組むことになりました。 

当初は「喋ることができる薬、言葉の聞き取りが

できる薬、右手が動く薬があるのなら、それぞれ

1億円出してでも買いたい!」などと

考えていました。

しかし、次第に友達とくだらない話をしたり、

ギターを弾いたり、日常の会話やありふれた

挨拶のすべてが愛おしいことだった、発病

する前の自分は、本当に幸せだったんだと

いう思いが込み上げてきたのです。 

そしてはっと気づかされたことがあります。
それは、日常の当たり前のことがどれほど

ありがたいことであったか、日常に感謝

することがどれほど大事であったかと

いうことです。

病気の原因の一つは、自分の“感謝不足”に

あるのだと気づかされたのです。

幸せとは手に入れるものでも、望むもの

でもなく、気づくものでした。 

それからの僕は……

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(本記事は月刊誌『致知』2019年6月号
「看脚下」から一部抜粋・編集したものです。

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 今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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