日清戦争は東アジア世界にどのような影響を与えたのか 第1,167号

 欧米列強の植民地支配はなぜ始まった

のか? 帝国主義はなぜ生まれてきた

のか?日本はなぜ東アジア最強の

清国と戦わなければならなかっ

たのか?日本はなぜ世界屈

指の軍事大国ロシアと

戦わなければなら

なかったのか?

 世界は日清・日露戦争をどのように見て

いるのか?──こうした疑問に、

すべて答えます!

 500年続いた白人中心の世界を叩き

つぶし、アジア解放の礎を築い

た日清・日露大戦争。

 従来の「日本史」の理解では見えて

こない、この戦争の「真実」を、

新たな視点で検証する!

 日清戦争はなぜ始まったのか。

 当時の日本の最大の仮想敵国

は大国ロシアだった。

 大国ロシアはなぜ朝鮮半島を

手に入れようとしたのか。

 ロシアは、温暖な土地と海洋進出の足掛

かりとして、真冬でも凍ることのない

不凍港を求めて、この300年間に、

シベリアからアラスカまで膨張を続けた。

 その間に、黒海の不凍港を手に入れる

ために、オスマン帝国のトルコと

4回にわたって戦争を繰り返してきた。

 ロシアは、西への侵攻に失敗すると、

次に「シベリアからの南下に切り

替えて、清、朝鮮、日本に侵

略の魔の手を伸ばしてきた。

 この方面にはヨーロッパ列強の勢力も伸

びておらず、狙い目だった」からである。

 日清戦争は東アジア世界にどの

ような影響を与えたのか。

 日本は、日清戦争の勝利によって、清国

と朝鮮との間の朝貢・冊封関係に終止

符を打たせ、朝鮮を完全無欠の独

立国家にすることに成功した。

 しかし、アジア史的な視点から見れば、

日清戦争とは、「日本が勝利した戦争

というよりは、清国が敗北した戦争

という捉え方」のほうが正しい

見方であるといえる。

♣世界が語る日露戦争♣

 ダグラス・マッカーサー元帥(連合国

  軍最高司令官)

 「1904年4月、私は中尉に昇進し、その

5か月後に輸送船「トマス」号に乗って

サンフランシスコに向かった。

10月はじめ私は突然、日露戦争の観戦の

ため日本に行けと命令を受けた」

 「私は大山、黒木、乃木、東郷などの

日本軍の偉大な司令官たち、あの鉄の

ような強靭な性格と不動の信念を

もった、表情の厳しい、無口な、

近づき難い男たちに、ぜんぶ会った。

 そして日本兵の大胆さと勇気、天皇への

ほとんど狂信的な信頼と尊敬の態度から、

永久に消えることのない感銘を受けた」

 レーニン(ロシア、革命家)

 「旅順港の降伏は、ツァーリズムの

降伏の序幕である」

 シーラーズ(イラン解放の父)

 「日本の足跡をたどるならば、我々

にも夜明けがくるだろう」

 バー・モウ(ビルマ、初代首相)

 「日本の勝利はアジアの目覚めの第一歩」

 『サメイ』紙、インド

 「日本人の勇気と規律、鉄のような意志、

不屈な力によって勝利を収めた日本

に心からの祝意を贈る」

 『ヒタバテイ』紙、インド。

 「日本の勝利がインド人を覚醒させ、

イギリスと対等という前向きの

思想に目覚めさせた」

 吉本貞昭『世界史から見た

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今回も最後までお読みくださり、

             ありがとうございました。感謝!

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