毎日とんでもない失敗ばかり起こっておかしかったですよ = 2-2 = 第1,443号

――大きな転機となったのですね。

(桜井)
転機という意味では、ちょうど同じ頃、
地ビールづくりに挑戦しました。
それというのも、近年は蔵人の高齢化や
人手不足もあって、当社では製造担当の
社員を雇い始めていました。

しかし、酒は冬に仕込みますから夏場は
彼らに仕事がない。そこで、夏にピークを
迎えるビールを手掛けてはどうかと思ったのです。

――同じ酒類ですからね。

(桜井)

はい。しかし、これは大失敗に終わりました。
ビールづくりの認可を得る時にレストランも
経営するように条件づけられたんですね。
2億4,000万円を投資して、
レストランとビール製造の設備を整えましたが、
数か月で資金繰りに苦しむようになり、
撤退に追い込まれました。

手元に残ったのは2億円の負債です。
東京の大学に通う息子に教科書代すら
振り込めませんでした。
この時は人知れず泣きましたねぇ。

そして「旭酒造は潰れる」という噂を聞いた
杜氏と蔵人たちは、別の蔵に移って、
その冬の仕込みには帰ってきませんでした。

――え、戻ってこなかった? 
 酒づくりはどうされたのですか。

(桜井)
もう、自分たちでやるしかないなと。

確かに杜氏たちが来ないと聞いた時は
ショックでしたし、新しい人を探さ
なければいけないとも思いました。

しかし、これまでも業界の慣例を無視して、
私はもっとこうしてほしい、ああしてほしいと
いろいろと注文を出してきました。

杜氏もそれを受け入れて一緒につくってきましたが、
もう1度そんな関係を一から築くことが億劫でしたし、
それをよしとする杜氏が現れるか分かりませんからね。

――それで自分たちでつくろうと決意した。

(桜井)
はい。社員たちがフル稼働で酒づくりに
挑戦しました。

もう毎日とんでもない失敗ばかり起こって
おかしかったですよ(笑)。

一度、発酵中のもろみの温度を棒温度計で
測っていたら、その中に落としてしまったと。

たまたま私は外出していましたが、
電話がかかってきて「社長、
どうしましょう」って(笑)。

もう国税庁やら、あちこち相談しましたが、
結局搾ったら割れずに出てきたので、
ほっとしました(笑)。

その年から杜氏制度を廃止して、
自社社員による酒づくりが始まったのですが、
おかげで冬場だけでなく、
年間通じて酒づくりができる体制を
敷くことができました。

蔵内を年中5℃に保つよう設備投資もしましたが、
生産能力がぐんと伸びましたよね。

――ピンチを飛躍のきっかけにされたのですね。

(桜井)
何より……

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 今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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