毎日とんでもない失敗ばかり起こっておかしかったですよ = 2-1 = 第1,442号

入手困難なほどの人気を誇る日本酒「獺祭」
しかし「獺祭」を手掛ける旭酒造は、かつて
潰れる寸前でした。

小さな酒蔵を立て直し、
世界20か国に展開するまでに育てあげた
3代目社長の桜井博志さんに経営の軌跡

お話いただきました。

――「獺祭」で手応えを感じ始めたのはいつ頃ですか

(桜井)

「獺祭」は平成に入ってすぐから始めていますが、
そこから6、7年経った頃でしょうか。

「獺祭」は初めから東京の市場に出ていきました。
うちのような小さな蔵は、
「人口10万人の岩国市で何%押さえる」というような
小さな市場でシェア競争をしたら絶対に勝てません。
それは経験から分かっていました。

それならもっと大きな市場に出ていくしかない。
東京進出も、追い込まれたからこそ生まれた
苦肉の策でした。

そこから少しずつ軌道に乗り始めましたが、
平成10年頃、一度踊り場に陥るんですね。
当時は東京の卸業者を使っていましたが、
納入しようとすると「そんなに売れて
いないから要らない」と言う。

一方、卸先である酒屋さんからは
「最近『獺祭』を入荷してくれない」
という声が聞こえてきました。
おかしいでしょう?

――なぜだったのですか?

(桜井)
結局、業者が止めていたんです。
卸業者は1つの商品だけを突出して売るより、
仕入れたものを万遍なく売りたいわけです。
また、中抜き商売だから蔵元と酒屋が密接に
結びつくことを好まない。

そうすると情報も入ってきませんから、
いろいろな判断から卸業者との取り引きを
やめて、直取引を始めました。

当時当社の売り上げが2億円のところ、
その1社で7,000万円の取り引きがありました
から、大きな決断ではありました。

また、業界紙などには「売れない時は卸屋に
頼んでおきながら、売れるようになったら
切った」という書き方をされて、がっくり
きちゃいましたけど、結果的にはそこから
売り上げが大きく伸びたんです。

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 今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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