民主主義という暴走トラックを制御するものは国民の教養だけなのだ 第1,278号

 「教養」とは、世の中に溢れるいくつもの正しい「論理」

の中から最適なものを選び出す「直感力」、そして

「大局観」を与えてくれる力だ。では、教養

を身につけるためにはどうしたら良いのか。

 教養の歴史を概観し、その効用と限界を明らかに

しつつ、数学者らしい独創的な視点で「現代に

相応しい教養」のあり方を提言する。

 書物やネットにある情報量は、ほぼ無限だ。この世に

溢れる情報の99%は自らにとってゴミ情報だ。

 通常は嗅覚により自分にとって価値ある情報を選択して

いる。その嗅覚は何によって培われるのか。教養と

そこから生まれる見識が大きく働いている。

 ルネサンスにより、千年間にわたり中国やイスラム国家

に遅れをとっていたヨーロッパが劇的に変身をとげた。

 すべての発端は、千年近い中世の惰眠から人々を覚醒

させたギリシア古典だ。ギリシア古典は、たかが

古典だ。それでも文学、数学、自然科学など、

古典から得た教養人が人々の精神にコペル

ニクス的転回を与え、世界史を大転換してしまった。

 古典からの教養とはそれほどの力を秘めたものなのだ。

 ある会社の社長は、いった。「人間にとって最も大切

なのは、人と付き合い、本を読み、旅をすることだ」

 手塚治虫はこう言った。「君たち、漫画から漫画の勉強

をするのをやめなさい。一流の映画を見ろ、一流の

音楽を聴け、一流の芝居を見ろ、一流の本を

読め。そしてそこから自分の世界を作れ」

 日本は、大衆文芸も諸外国に比べて圧倒的で万葉集

の頃から現代にいたるまで、極端に豊富だ。

 西暦500年から1500年にかけての10世紀間に日本一国

で生まれた文学作品は、その間に全ヨーロッパで、

生まれた文学作品を質および量で圧倒する。

 読書すれば、現代の学生でも激変する。民主主義

という暴走トラックを制御するものは、

国民の教養だけなのだ。

江戸末期、江戸に来たイギリス人たちは、普通の庶民

が本を立ち読みしている姿を見て、「この国は

植民地にはできない」と早々とあきらめた。

 「自国を統治できない無能な民のために我々白人が

代わって統治してあげる」というのが植民地主義

の論理であったが、庶民が立ち読みする光景

は本国にもないものだったからだ。

読書は国防ともなるのだ。

 ロシアの作家チェーホフはこう言った「書物の新しい

頁を一頁、一頁読むごとに、私はより豊かに、

より強く、より高くなっていく」

 藤原正彦『国家と教養』

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今回も最後までお読みくださり、

ありがとうございました。感謝!

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