海人たちのエネルギーは.歴史を動かす原動力 = 2-1 = 第 855 号

 皇祖神・天照大神が男神であった根拠と

は? ヤマト建国に尽力しながらも歴史の

闇に葬られた出雲勢力の恨みとは? 

 「古代史最大の悪人」とされる蘇我氏は、

実は大和朝廷の中央集権化を進めた

改革派だった!

 古代史には知られざる多くの

謎が残されている。

 本書では、通説の裏に隠された数々の

謎とその真相を、図解とともに鮮や

かに描き出していく。

 古代日本の流通は、船つまり海や川を

利用した水上交通が主流だった。

 日本を支配するには、瀬戸内海の

制海権を確保する必要があった。

 大阪が商都として栄えたのは、瀬戸内海

に にらみをきかせる要衝だったからだ。

 西日本の交通が瀬戸内海の水運を中心に

回っていたのに対して、東日本では

陸上交通が発達していく。

 平家が水軍を駆使し、かたや源氏が騎馬戦

を得意としたのは、このような古代から続

く「交通手段の違い」の影響がある。

 日本は島国だ。そして、

地形が入り組んでいる。

 騎馬が疾走できるような

大平原は限られている。

 大河川の周辺に、古代の地方行政の中心

が据えられ続けたのは、河川を利用し

た流通が発達していたからだ。

 九州の福岡にある高良山に登った。

 高良大社の脇に展望台があって、そこから

望む筑紫平野はあまりに雄大だった。

 そして、高良山には古代の山城の痕跡が

ある神籠石があり、中世に至っても

軍事要塞の役目を負っていた。

 北部九州の軍事の要は、高良山

だったのである。

 古代史は、やはり現場で感じるものだ。

 「商社は、もしかすると古代から存在して

いたのではないだろうか?」筆者は、そう

古代商社についての仮説を立てた。

 広い範囲の商品を扱い、多くの事業を手掛

け、それらに関わる多機能を有する総合

商社という業態は、日本にしかない。

 韓国にも類似した業態はあるが、日本

の総合商社のように多機能を

持つとは思えない。

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今回も最後までお読みくださり、ありがとう

             ございました。感謝!

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