激しい変化を肌で感じるためには.嵐の中に身をおく必要がある = 2-1 = 第 801 号

 ビジネスは冒険だ ! 年間流通総額2兆円、

会員数9400万人。

 電撃的連続買収で世界へ―、起業家・三木谷

の大勝負が始まる !「ネット世界一」の旗の

下に集う強者たちを追う迫真のルポ。

 日本興業銀行を辞めた三木谷浩史は、何を

すべきかあれこれ迷った末、インター

ネット・ショッピングの「楽天

市場」を始めることにした。

 1996年のことだ。

 なけなしの100万円を投じてシステムを

外注したが、思うように動かない。

 三木谷は「やっぱり自分でやらないとダメだな」

と言って、大学院を修了したばかりの本城と

ともにプログラミングの猛勉強を始めた。

 本城は本職のコンピューターエンジニアでは

ないが、ITと英語が必須とされる慶応

SFCの出身だから、ある程度のIT

リテラシーは持ち合わせていた。

 三木谷はバリバリの文系である。

 興銀に入行後、ハーバードでMBAを取得した

とはいえ、プログラミングは習っていない。

 それでも三木谷は本城に負けじとプログラ

ミングを学んだ。

 そして、彼は一通りのプログラミングが

書けるようになった。

 創業メンバーの杉原はこう証言する。

 「三木谷さんはとにかく負けず

嫌いな人ですからね。

 他人にできて自分ができないというのは

我慢ならないわけです。

 でも、カッコつけだから必死になって努力

しているところを見られるのはイヤ。

 だからコソ勉するんです」

 プロ野球に参入したころの三木谷は

野球の素人だった。

 彼は球団経営から野球の戦術、技術まで、

あらゆることを猛烈に勉強した。

 やがて米メジャーリーグにも友人、知人が

大勢でき、彼らと会うたびに最先端

の知識を仕入れてくる。

 いつの間にか監督やコーチと互角に議論

できるレベルに達していた。

 この学習能力の高さが、三木谷浩史の

真骨頂である。

 シリコンバレーのコミュニティに入ろうと

している三木谷はこう言う。

 「クラウド、イッターネット・オブ・シングス、

ビックデータ。

 この世界では、次から次へと新しいテクノロジー

が出てきて、市場がどんどん変化していく。

 計画なんて役に立たない。

 嵐の真っ只中にいるのだから」

 激しい変化を肌で感じるためには、嵐の

中に身をおく必要がある。

 だから三木谷は3年前に、ここシリコン

バレーに居を構えた。

 バーベキューパーティに入るための

「入場券」とも言える。

 パーティのホストが務まらない「無粋な人間」

のところには、人も情報も集まってこない。

 大西康之

  『ファーストペンギン、楽天。

        三木谷浩史の挑戦』

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 今回も最後までお読みくださり、

                      ありがとうございました。感謝!

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