自らの呼吸を数えることに集中すると自ずとさっぱりとした心境になる 第 359 号

 難しい禅の言葉を分かりやすく説いて

くださる

鎌倉円覚寺管長の横田南嶺さん。

 本日は人間の迷いをゴミに譬えて

語られた

説法の一部をご紹介します。

────────[今日の注目の人]───

★ 本来無一物 ★

横田 南嶺(鎌倉円覚寺管長)

───────────────────

 この頃よく「ゴミ屋敷」なるものが報道されて

いるが、家のゴミはよく見えても、

心中のゴミには

お互いに気づいていない。

 心の中にゴミが一杯詰まっている

状態が迷いであり、

 ゴミが片付いて綺麗になったのが

悟りであり、本心即ち仏心である。

 近年もある禅僧は、つねにあなた方の

心はゴミ箱のような状態だ。

 ゴミを片付けろ、綺麗にしろと言って

坐禅の指導をなされていたという。

 目に見えるゴミは気づきやすいが、

心の中は見えないだけに

気づきにくい。

 しかし、静かに坐って自己の心を

見つめてみれば、

心中雑念妄想の多いことに

気がつくだろう。

 ゴミを片付けるように、要らないものを

捨ててしまうことが

必要である。

 「既往(きじゅう)は咎(とが)めず」

と『論語』にもあるように、もうすんだ事を

いつまでも思い続けては仕方がない。

 すっぱりと片付けてしまう。

 まだ先のことも取り越し苦労をしては

意味がないので切り捨てる。

 そうしてただ今のことに集中する。

 坐禅中は「数息観」といって自らの呼吸を

数えることに集中する。

 息を数えることだけに集中すると、余計な

考えは自然と消えてゆく。

 数だけになってしまう。

 そうして今のことだけに集中する時間を

持っていれば、自ずとさっぱりと

した心境になる。

 自然と本来の心がはっきりしてくる。

 本来の心は清浄であり、

明るく爽やかなものだ。

その心に気がつくには……。

※横田さんの「禅語に学ぶ」は『致知』

の好評連載の一つです。

 毎回、様々な感動的な話を交えながら

心の迷いをはらってくださいます。

 皆様もお読みください。

  『致知』2016年7月号  

               連載「禅語に学ぶ」P118

  ⇒ http://online.chichi.co.jp/ext/teiki.html

 ( 本来無一物 ( ほんらいむいちもつ ) に関しては

当サイト

第 140 号「2016年3月 1」2016/03/31「宇宙からの預かりもの」(3-1)

第 150 号「2016年4月 8」2016/04/05「宇宙からの預かりもの」(3-2)

第 151 号「2016年4月 8」2016/04/05「宇宙からの預かりもの」(3-3)

               も参考にして頂ければ非常に嬉しい)

   今回も最後までお読みくださり、ありがとう

              ございました。 感謝!

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