自分で考えることの大切さと英国の紳士道を学び人間力を獲得した= 2-2 =第 521号

 昭和28年、次郎の妻・正子の父である樺山愛輔は

病に伏した。

 正子は樺山家に泊まりこみで看病に当たり、古く

からの盟友であった吉田首相も毎朝のように

大磯の樺山邸を訪れてくれた。

 吉田は見舞いに来たなどとは言わず、冗談を言って

皆をわっと笑わせては、「じゃあ、また明日」

と言って帰っていった。

 病床の樺山だけでなく看病疲れをしている周囲の

者にも、そうして元気づけしていたのである。

 吉田独特の「さりげない」気配りであった。

 今の人間と比べれば、彼らが友人たちと過ごす

時間は実に長かった。

 大事なのは時間の使い方である。

 人と面と向かって話をする時間が年々

減っているのは心配だ。

 そんなことで「人間力」が磨けるわけがない。

 白洲次郎から伝わってくる圧倒的な「人間力」は、

一匹狼としてのそれではなく、友情や人間関係

を大切にする中で養われていったものだ

 腹を割って話をした人間でなくて一か八かの

大勝負をともにできるはずがない。

 次郎にしても吉田にしても、彼らは日本だけで

なく海外にも多くの友人を持っていた。

 そのことがいざという時に日本を守りも

するのである。

 白洲次郎のダンディさはもはや伝説的である。

 こだわりはあるが、おしゃれはあくまで英国流

に「さりげなく」が基本だった。

 次郎がよく履いていた靴は英国の

ジョン・ロブである。

 帽子はジェームズロック、ネクタイはターンブル&

アッサーのものをよくしめていた。

 次郎はおいしいものには目がなく、知る人ぞ知る

名店をいくつも知っていた。

 大勢の若者にご馳走するのが好きで、請求書は

会社でなくいつも個人宛。

 公私の別ははっきりしていた。

 請求書を送るのが遅いと、気の短い彼は

わざわざ払いに来たという。

 麻生和子の息子である麻生太郎が若い頃、友人と

中華レストランで食事をしていると、次郎が

驚くほどの美人と入ってきた。

 ちらっと麻生のほうを見た彼は、「この店は

客層が悪いな」と悪態をつくと、そのまま

奥のほうへ消えていった。

 しばらくして麻生が支払いをしようとすると、

「先ほど白洲様に頂きました」

と言われたという。

 無類の格好良さである。

 麻生は別の機会に、次郎から女性にもてる秘訣に

ついて、次のように教えてもらったそうだ。

 「金払いはよくしろ明るくふるまえ特定の女

とばかりじゃべるな」そして最後に、「言い

寄られたらノーと言え」と付け加えた。

 北康利

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 今回も最後までお読みくださり、ありがとう

             ございました。感謝!

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