自分自身を修め、家族を守れる自分になる 第 805 号

 今回は読者から寄せられた『致知』への

思いを掲載します。

 ご紹介するのは、関西地方の『致知』若手

読者の勉強会「関西致知若獅子の会」代表

世話人の和田真吾さんです。

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 また、この季節がやってきた。

8月28日は祖父の命日である。

 私の人生に最も影響を与えて

くれたのは祖父だ。

 しかし、その祖父の偉大さを教えてくれ

たのは『致知』との出逢いだった。

 私が『致知』の存在を知ったのは、22歳

の春で、新入社員として入社させて

いただいた前職の会社だった。

 ただ、商談の部屋に『致知』が並んで

いたことは知っていても、実際に手

に取って読むことはなかった。

 27歳、夏、私の人生は

大きく変化する。

 それは、祖父が肺がんに

よって他界したこと。

 私は幼少期のほとんどの時間を祖父と

過ごし、学生時代、社会人となって

も休暇には欠かさず帰省し元気

な姿を確かめるのが常だった。

 祖父の死は、当たり前と感じて

いた日常を大きく変えた。

 と同時に、これまで感じたことのない

悲しみを体験した出来事でもあった。

 通夜・葬儀が慌ただしく終了し、大勢の親族

が集まった会場を無感情なまま眺めていると、

ふとこのような疑問が湧き上がってきた。

 「目の前にいる親族を、長男として守る

ことが本当にできるのだろうか」

 私の祖父は高校卒業後、油送船の船長と

なりアジア諸国を回ったと聞いている。

 94歳になる祖母は「じいちゃんが家

に帰ってくるのは、2か月に一度

だった」と言っていた。

 祖父は十人兄弟の長男で、兄弟や家族を

養うために必死に働いたと聞いた。

 当時では当たり前かもしれないが、私に

とってその働き方はとても眩しく感じた。

 いま思うと祖父の生き方を知ることで、

私の働き方は大きく変わったように思う。

 翌年の秋に医療用医薬品を扱うMRという

職業に転職し、がん患者様への治療を医師

に情報提供する仕事をするようになった。

 不思議なもので同じタイミングで『致知』

や『大学』、若獅子の会の仲間

との出逢いがあった。

 仲間と毎月集い、『致知』に触れること

で、懸命に生き抜いた祖父の存在が

より身近に感じられ、改めて

尊敬の念を抱くことも多い。

 『大学』には「格物・致知・誠意・正心・

修身・斉家・治国・平天下」と

いう言葉がある。

 世の中をよくしたいならば、自分自身を

修め、家族を守れる自分にならない

ことには、大事を成すことはで

きないという教訓である。

 家族を守り続けた偉大な祖父に少しでも

近づいていけるような自分になるべく、

これからも『致知』に学んで

自分を修めていきたい。

 今回も最後までお読みくださり、

      ありがとうございました。感謝!            

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