芸予諸島は.海上交通の要衝と難所が混在するところ 第1,203号

 知られざる海の武将「村上武吉」が

史実から蘇る! 「海賊研究」の決定版。

 激動の戦国時代、織田信長、毛利元就

を翻弄し、瀬戸内を縦横無尽に

駆けた「村上海賊」。

 彼らはいかに生き、 戦ったのか? 

 海賊は4つの顔を持っている。

 これは、長らく海賊とは何かを問い

続けて私がたどり着いたささ

やかな結論である。

 第一は、土着的海賊。いわば略奪者

としての海賊である。

 さまざまな目的で船旅をする人、年貢

や商品の海上輸送に携わる人を襲って

金品を奪う者としての顔である。

 第2は、政治的海賊である。荘園領主

や国家権力に抵抗する者である。

 第3は、安全保障者としての海賊である。

海を航行する者たちは、警固料を支払っ

て海賊を上乗りさせることによって

航海の安全を保障するという

側面があった。

 第4は、水軍としての海賊である。権力

側に立って軍事力を行使する水軍と

しての海賊の姿である。

 のち戦国時代になると、各地の戦国大名

の下で水軍として活動する多くの

海賊が見られるようになる。

 本書は、このように多様な顔を持つ

海賊の姿を、一人の人物に焦点を

あわせて描いてみた。

 それは、瀬戸内海中央部の芸予諸島で生

まれ、のちに瀬戸内海全域に進出して

いくことになる村上武吉(たけ

よし)という人物である。

 武吉らを出した能島村上氏が主要な活動

の舞台としたのは、瀬戸内海中央部

の芸予諸島海域である。

 この海域の特色は、何といっても

密集する島々の数の多さである。

 交通の要衝と海の難所。

 芸予諸島は、海上交通の要衝と

難所が混在するところだった。

 このように海上交通の要衝であり、

かつ海の難所でもある所こそ、

海賊のもっとも活動しや

すいところであった。

 山内譲『瀬戸内の海賊:村上武吉の戦い』

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今回も最後までお読みくださり、

             ありがとうございました。感謝!

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