謙虚さこそが人間を一流に導く根源だと思います 第 1,749 号

今年2月に逝去された野村克也氏。

多くの名選手を育て、
自らのチームを勝利へと導いた名称が
阪神タイガース監督時代に語られた
貴重なお話をご紹介します。

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「二流の思想では一流にはなれない」

 野村克也(阪神タイガース監督)

    『致知』1999年3月号

         ※肩書は掲載当時

………………………………………………

鈍感は二流の思想とイコールです。
二流の思想では決して一流にはなれません。

野球は実に失敗の多いスポーツなのです。
三割打者が一流の目安とはいっても、
残りの七割はどうしたか。失敗している
わけです。

パーフェクトの十割に理想を求めたら、
失敗だらけです。恥かしくて顔を上げられない。

その羞恥心の感覚は人間を謙虚にせずには
おかない。謙虚であれば、人間、いろいろな
ものに気づくものです。鈍感ではいられません。

謙虚さこそが人間を一流に導く根源だと思います。

ところが人間というのはしょうがないもので、
三割近く打ったからといって、すぐに思い上がる。

だいたい自分の限界を自覚するというのは、
大変厄介なものなのです。

毎日精いっぱいやっている、
体はもちろん頭も精いっぱいやっているという
自覚がなければ、限界を引くことはできない。

それを安易なところで自分はこんなものだなどと
いうのは、不遜と言うべきです。

私が仕えた鶴岡さんをはじめ、
三原、水原の戦後第一代の監督は、
野球理論は何もありませんでしたが、
人間教育はしっかりできた。

だから名監督なのです。
そして、巨人がドジャーズ戦法を取り入れて
野球理論が日本の野球界に芽生え、
川上、西本といった第二代の監督が
理論に取り組むと同時に、
人間としての求道も怠らなかった。

それがあって、日本のプロ野球は
隆盛となっていったわけです。

そして、いよいよわれわれの代になる。

これが人間教育などはさっぱり、という
よりも、最初から放棄している。

そして、野球は簡単だ、
野球は選手がやるもので監督の仕事など大して
ない、と広言する手合いが幅をきかせている。

こんなのは草野球のレベルですよ。
いやしくもプロ野球の監督のレベルではない。

人間学に通じていないリーダーは資格が
ないと言います。

集団と個人、その中で向上しようという人間、
その人間の絡み合い、それに素質の世界に
とどまらず、一段上の才能の世界を目指す
技術的なせめぎ合い、言ってみれば人間学
を総動員したぶつかり合いが醸し出す
エキサイト、それがプロですよ。

観客はそのエキサイティングな雰囲気を
楽しむために球場に足を運ぶのです。

 今回も最後までお読みくださり、

     ありがとうございました。感謝!

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