豊かで恵まれた中に.大事な大事な忘れ物をしているのである 第 832 号

 本日は、人生を燃焼して生きた人たち

の物語をお伝えします。

───────「今日の注目の人」───

行徳 哲男(日本BE研究所所長)

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 一昨年、私はある人から招待状をいただ

き、「屋根の上のヴァイオリン弾き」

という芝居を見に行った。

 大変感動的なドラマであった。

 71歳になった森繁久弥さんが、3時間、

舞台で踊り、歌い、演じ続け、場内

は大歓声の中で終わった。

 最後に、森繁さんが「皆さん、ありが

とう」といって手を振った。

 彼の目には涙があった。

 聞くところによると、森繁さんは、

18年かかって840回、この芝居を

やり尽くしたという。

 芝居小屋を出る時に歩けなくて、付き人に

支えられて車に乗ったこともあるそうだ。

 それだけ舞台に精魂を使い果たして

いるのであろう。

 私は見終わって、フラフラして

立ち上がることができなかった。

 そのまま席に座りこんでしまった。

 数日後、国電で神田駅を通り過ぎ

ようとした時、ビルにかかった

垂れ幕が目に入った。

 先日見た「屋根の上のヴァイオリン

弾き」の垂れ幕であった。

 そこには「どうかこの感動を親から

子供たちに」と書いてあった。

 それを見たとたん、私の目から涙が

どっとあふれてきた。

 わけもなく流れてくる。

 生命の底から込み上げてくるものを、

私は抑えることができなかった。

 日曜日に洋画の解説をされる淀川長治

さんという方がいる。

 淀川さんはブラウン管から消えていく時、

「さよなら、さよなら、さよなら」と

いうのであるが、不思議なくらい

に余韻が残っている。

 一体、なぜ、淀川さんの「さよなら」

が余韻として残るのだろうか。

 淀川さんはこんなことが

あったそうである。

 ある時サイン会があった。

 サイン会も終わり、会場を出た時、

突然小さな子供が寄ってきた。

 その子は「おじさん、握手をしてくだ

さい」と左手を差し出してきた。

 淀川さんは、「ぼく、失礼なことだよ」

といってその子の左手を払いのけ、待機

していた車に乗り込んでしまった。

 淀川さんは海外によく出掛けるので、海外

でいきなり左手で握手を求めることは大変

失礼なことであるから、やってはいけ

ないことだと知っていた。

 車に乗り込んでから、ふともう一度

その子を見た。

 淀川さんはハッと思った。

 その子には右手はなかったのである。

 淀川さんは車から飛び降りてその子を

抱きしめ、「おじちゃんを許しておく

れ」といって、その子と一緒に涙

を流して泣いたという。

 このようなエピソードの中に、私たち

現代人が忘れた大事な忘れ物がある。

 豊かで恵まれた中に、大事な大事な

忘れ物をしているのである。

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●感動の物語をあなたに
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 『致知』1986年7月号

      「なぜ燃え続けるのか」P36

今回も最後までお読みくださり、ありがとう

             ございました。感謝!

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