静々と学び続け、息・遊学の域に達したいものです 第1,433号

本日は、弊社社長で、『致知』編集長の
藤尾秀昭が、伊與田先生の魅力について綴った
文章を『小さな人生論ノート』の中からご紹介します。

‥‥‥‥

学問には4つの段階があるといいます。

「蔵学」(ぞうがく)
「修学」(しゅうがく)
「息学」(そくがく)
「遊学」(ゆうがく)

「蔵学」―というのは、ひたすら、取り入れ、
蓄積する段階です。

「修学」―も同じような意味ですが、
「修」には背中を流して美しくするという意味が
ありますから、蔵した学びを整理し直すという
意味があるようです。

その2つの段階を過ぎると、学ぶことが呼吸をする

のと同じように自然なものとなり(息学)、
そして、さらには学びが自己と一体となる。
「遊学」です。

「遊」というのは、自在の境地ということでしょう。

ちなみに、「遊」は楽よりも上の境地です。

「楽」はまだ相対の世界です。

苦があって楽がある。

しかし、「遊」は相対するものがない、絶対の世界です。

若い頃、この言葉を知り、願わくば
そこの境地に達してみたいものだと思いましたが、
この人の学問はまさに息学・遊学の段階に
達しているのではないかと、刮目させられた人がいます。

伊與田覺先生です。

伊與田先生は当年93歳。

7歳の時から論語の素読を始めたといいます。

お母さんがなくなり、あまり悲しむので、
叔父さんが『論語』の素読を教えたところ、
それに夢中になったというのです。

天与の才というべきでしょう。

青年期には碩学安岡正篤先生に出会い、
以後安岡先生が亡くなられるまで、約半世紀、
安岡先生に深く師事してこられた方です。

伊與田先生の講義は、3時間休憩もなく、
粛々と話されるその講義に全国各地から
集まってこられた中小企業の経営者の皆さんが
まんじりともせず、熱心に耳を傾けている様は
まさに圧巻でした。

真の活学は人の相をかえ、運命を変える。

90歳を超えた伊與田先生が背すじをビシッと伸ばし、
いかにも楽しげに古典の教えを
講義されている姿をみるたびに、
私はその思いを深くします。

古典を知識としてではなく、自己修練の糧として、
80余年、学び続けてこられたからこそ、
先生の話は、これまで古典などに
あまり関心のなかった人たちの心をも、
深く魅するものがあるのだと思います。

伊與田先生の学が
いかに深く体に溶け込んでおられるか。

それは先生の1年間に及ぶ『論語』講義をまとめた
『「人に長たる者」の人間学』に明らかです。

この本を読むと、古典のおもしろさがわかります。

古典が好きになります。

少々高価な本ですが、人生の伴侶となる本です。

皆さんにもぜひ一読をおすすめします。

その伊與田先生が言われます。

「自己自身を修めるには、あまり効果を期待せず、
静々と人知れずやられるといい。
それをずっと続けていくと、風格というものができてくる」

93歳の先生の言葉だけに心に響きます。

静々と学び続け、息・遊学の域に達したいものです。

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いまも語り継がれる伝説の講話

 『論語』講義の最高峰
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『「人に長たる者」の人間学』

伊與田覺・著

※『論語』を初めて学ぶ人も、極めたい人にも
  おすすめの一冊です。

※本書の他にも、伊與田先生の著作を
 多数紹介しています。
 ぜひアクセスしてみてください。

 今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。感謝!

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