幼年期教育は見ざる聞かざる言わざる 第 70 号

「心は万境(ばんきょう)に随(したが)って転(てん)ず」人の心がその

置かれた環境によって変わる、という意味です。

私達の性格が形成されるのは、内因性(遺伝による先天的要素)と、

外因性(家庭や社会など周囲の環境から受ける後天的要素)と、

心因性(自分の現在の意志)によるといわれていますが、そのうちで

多くの人が一番影響を受けやすいのは、二番目の外因性ではないで

しょうか。

「三つ子の魂百までも」という諺もあるように、幼年期の三歳とも

なると自他の区別や物心がつき、その頃の家庭環境や育てられ方

いかんによって本人の性格が方向づけられ、引き続く青少年期には

学校などでの交友関係や社会環境によって、幼年期の性格が増幅

され、成人になって固定化するようです。

したがって、そうした性格の形成段階にある青少年期に、親は自分の

子供を良い学校に入学させたがり、社会環境の良いところに住まわせ

たがるのも故なきことではありません。

そして、成人後の性格改造は、本人がよほど強い意志を持って努力

するか、他律的に洗脳を強制されない限り、難しいと言えましょう。

「朱に交われば赤くなる」で、周囲の環境になじんでしまうのが

世の常です。

   かって釈尊(しゃくそん)が弟子のア-ナンダと遊行(ゆぎょう)し、

魚屋の前を通りかかった時、ふと足を止めて、

「あの落ちている縄きれを拾ってくるように」と命じたことがあります。

しばらくして、釈尊はア-ナンダに拾ってきた縄を捨てさせ、握っていた

手をかぐように命じました。「生臭い匂いがします」と答えると、

「そうだ。生臭い魚をゆわえれば、その匂いは縄に移り、その縄を

つかめば手まで生臭くなってしまう。同様に交わるものや人によって、

そこから受ける影響は計り知れず、それが当人を良くもすれば悪く

もする。だから私達も交わるものによく注意しなければならない」

と、諭したと言います。

『大荘厳経論』(だいしょうごんきょうろん)に、「もし人、

有智(うち)の善友(ぜんゆう)に近づけば、よく身心(しんじん)を

して内外ともに浄(きよ)かならしむ。これすなわち名づけて

真の善丈夫(ぜんじょうぶ)となす」

とあるように、善き人にふれていれば、いつかその感化を

受けて自分までも善くなってくるものです。

ではいったい、自分の幼少時に良い思い出がなく、善い先生や

友達を得られない人はどうしたらよいか。こうして一見救いが

ないような人に対して、十一人兄弟の一人として生まれた

将棋界の鬼才・升田幸三名人(1918-1991)はこう語っています。

「私のオヤジは酒は飲むし、バクチはやるで決していいオヤジ

ではなかった。

しかし私にとってこのくらい、よい恩師はなかったと思う。

それはどういうことかというと、オヤジは気の毒にも自らの

行動によって悪い見本を示してくれた。

だから私はオヤジと反対の事ばかりしていれば良かったの

だから、こんな楽なことはない」と。

開き直って逆手を取り、「災いを転じて福となす」生き方も

あるのです。

不運な境遇にあり、悪に染まったことのある人は、よい環境

の下でぬくぬく育った人よりも免疫性を持ち、それをテコと

して心を燃やし、かえって普通の人より、抜きん出た力量を

発揮することがあるのです。

そう考えると一概に環境に染まるとはいえず、環境に

打ち克つ事こそ私達の本領と言えましょう。

             ( 仏教伝道協会 みちしるべより )

 今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。 感謝!

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