心にじわっと響く母子の物語⇔思いやりの心が人を生かす 第 78 号

 あるスポーツ選手とそのお母さんの実話。

 そこには、人間の生きる意味がシンプル

に描かれています。

 「人間というものは、何か人のために

尽くすことによって、大いなる力を

得ていくものなのでしょう」

 円覚寺館長・横田南嶺さんの言葉が

すっと入ってきます。

────────『今日の注目の人』──

思いやりの心が人を生かす

横田 南嶺(鎌倉円覚寺館長)

───────────────────

 とりわけ印象深いのが、盛岡で農業をされて

いるあるご婦人から毎年届く新米です。

 ご婦人とは5、6年前、円覚寺の坐禅会に参加

してくださったのがご縁でした。

 日帰りの会ならともかく、泊まり込みの坐禅会

となるとなかなか修行も厳しく、女性の参加は

珍しいので何かご事情でもあるのかと思い、

ある時お話をお聞きしたのです。

 ご婦人がおっしゃるには、あるスポーツの選手

だった息子さんが大きな大会で事故を起こして

首の骨を折り、首から下がほとんど動かない

状態になってしまわれた。

 絶望した息子さんは、電動車イスで病院の屋上

まで上がり、飛び降り自殺を図ろうとしたけど

も、体が思うように動かず思い止まったのだと

 しかし、お話を聞いていて驚きました。

 その息子さんはそこから大学に復帰し、さらに

一人暮らしを始めたというのです。

 

 ご婦人は「私はあの子が転んでも絶対に起こして

あげないんです」とおっしゃいました。

 体が不自由な子が転べば、すぐにでも手を差し

伸べたいのが親というものでしょう。

 しかし、ご婦人は自分が先に亡くなった時、

息子さんが一人で生きていかなくてはいけ

ないことを分かっておられたのです。

 息子さんにもその思いが伝わったのか、

「自分は母のために生きるんだ。

 自分が暗くなれば、お母さんがいつ

までも辛い思いをしてしまう

 だから、頑張って生きるんだ」。

そう言っていたそうです。

 その言葉のとおり、彼は一所懸命勉強して

運転免許を取得し、いま地方公務員と

して立派に自立しておられます。

 ご婦人は私にこう言われました。

 「管長さん、私はいろいろ苦しんで

悲しんで、泣くだけ泣きました。

 でも私が子供にできることはたった一つ。

一日一日を明るく生きること。それだけです。

 もし私が辛い顔をしていたら、息子は母が悲

しむのは自分のせいだと自分を責めてしまう。

 だからこれからも明るく生きていくの」

 もし、お二人が自分のことばかりを考えて

いたら、心は折れていたかもしれません。

 しかし、息子さんは母のために生きよう

ご婦人は息子に辛い思いをさせたくない

ために明るく生きようと、それぞれに

思いを貫いて生きておられます。

 人間というものは、何か人のために

尽くすことによって、大いなる力

を得ていくものなのでしょう。

 私は菩提心の発現ともいえる、この母子の

姿からそのことを教わる思いでした。

 月刊誌『致知』 2016年3月号P18

         特集「願いに生きる」より

    今回も最後までお読みくださり、

       ありがとうございました。 感謝!   

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