ポックリ寺の悲劇 第 84 号

 よく、ポックリ死ねたらそれでいい「死んだら

死んだときさ」という声を聞く事があります。

 確かに、肉体的な苦痛を伴なうよりも楽に死

ねる方がいいに決まっています。

 しかし、肉体的に楽であれば死にたいのかと

いえばそうでは、ありません。

 ポックリ死ねればそれでいいという言葉は

ありますが、では今晩、ポックリ死んでも

それでいいかと問われたら、ほとんどの

人が今は、死にたくないと思います。

 これが人間の本音なのです。

 近畿地方にポックリ寺という寺があって、その

寺に祈祷をするとポックリ死ねるという御利益

があるそうですが、ある老人会でポックリ寺

に祈祷にいったところ、その帰りに本当に

ポックリ死んでしまったそうです。

 参加者は大パニック、収拾がつかなくなって後日、

祈祷の取り下げにみんなで行ったという話を聞い

たことがありますが、死ぬということを遠くに

おいているときは、死んだら死んだき、ポッ

クリ死ねたらと安易なことが言えますが

いざ、死ぬということを目の前に突き

付けられると死にたくない 

これが人間の本心です。

 死ぬということを見つめたときに、

人間、真面目になります。

 死を見つめたときにこそ、なぜ生きると生きる

意味を問わずにおれなくなります。

 生きる意味を問うた人にだけ本当の人生の

目的を知ることができます。

 昔から “今死ぬと 思うにすぎし 宝なし 

心にしめて 常に忘るな”

おかもんさんのメルマガより引用

 http://xn--4gq896armcqyk.com/semi.html

      今回も最後までお読みくださり、

        ありがとうございました。 感謝!

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