わかっちゃいるけどやめられない (2-1) 第 170 号

    多(おお)いは足(た)らぬ元(もと)

 今日は飽食(ほうしょく)の時代と言われ、私達の周囲には有り

余るほどの食物が出回り、選択するのに困るほどです。

にもかかわらず、私達の欲望は「もうこれでいい」ということなく

広がり、次から次へ新しいものを取り入れ、その獲得のためには、

収入をより多く増やそうと、あくせく働き、そのために健康を

そこねてしまう人もいるようです。

 そうなって初めて「いったい自分はなんのために働いているのか」

と気づいても後の祭りで、そうなる前に、仕事一本槍の生活に疑問を

感じて、心にゆとりある生活をしたいと願うのは当然の事でしょう。

 ロシアの文豪トルストイ ( 1828-1910 )に「人はどれだけ土地が

いるか」という小説があり、それはカホ-ムという主人公が広い土地を

所有する部族のところへ行き、土地を譲ってもらう話です。

  その日のうちに歩き始めて、日没までに歩き始めた地点まで戻れば、

 歩き回った土地を、全部タダでもらえるというのです。カホ-ムは

 欲張って、できるだけ遠くのほうまで歩き続け、夕方になって歩き

 始めた起点に、やっとのことでたどり着いたのはよいが、その時には

 息が絶えてしまったということです。

 この章の句は「過ぎたるは及ばざるが如し」と同じ意味で、人生の

収支はいつも平衡(へいこう)を保つようになっています。

 これを仏教では「中道(ちゅうどう)」といい、自然の道に逆らって

度が過ぎると、その反動でやらなかったことと同じか、かえって悪い

結果を招くことを教えています。

  釈尊(しゃくそん)は『法句経(ほっくぎょう)』に、

   「心はたもちがたく、軽くたちさわぎ意のままに従いゆくなり。

   この心を整うは善し。かくのごとく整えられし心は楽しみをぞ

   もたらす」とも語っています。

 ところが、私達はそうしたバランス感覚や限度を知らず、自分の欲望

の赴くままに、際限なく膨らませてゆくと、いつかは、ちょうど風船が、

ちょっとした穴がもとでパンクし、ペチャンコになってしまうような

ものです。

                    ( 長くなりましたので 第 171 号 に続きます )

スポンサードリンク

♥こちら噂の話題満載情報♥

ぜひ、いいね!を「ぽちっ」とお願いします

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)