わかっちゃいるけどやめられない (2-2) 第 171 号

 私達の心は、”意馬心猿(いばしんえん)”とたとえられるように、

過ぎるか、偏(かたよ)るか、無理するか、のいずれかに陥りやすい

傾向があり、そのとどまるところを知らないかのようです。

 鎌倉時代に蓮如上人(れんにょしょうにん)(1499年寂)は、その師匠

である親鸞聖人(しんらんしょうにん)(浄土真宗の開祖とされる 1262

年寂)の教えを承り、『御一代記聞書(ごいちだいきききがき)』に次の

ように書き記しています。

 「人はあがりあがりておちばを知らぬなり。ただつつしみて不断そう

 おそろしきことと、毎事(ことごと)に付(つ)けて心をもつべきの

 由(よし)仰(おほせ)られ候(そうろう)」と。

 私達は、お酒を飲み過ぎれば二日酔いに悩まされ、言いたい放題に人に

当たり散らせば、反感となって自分に返ってくるのをよく承知しています

が、「わかっちゃいるけどやめられない」で、自分が痛い目に合わないと、

その恐ろしさに気がつかないようです。

 だからといって、私達にお酒も飲まず、言いたいことも言わずに、

「謹厳実直(きんげんじっちょく)な人になれ」といっても、とても無理な

話でしょう。

 また「なにもしないでいればよいか」というと、それも決してほめたもの

ではなく、「腹八分目」の諺があるように、「危ない」と危険を察知したな

ら、いち早く自分にブレ-キをかけ、それ以上暴走しないように自主規制する

より他に、方法はなさそうです。

              ( 仏教伝道協会 みちしるべより )

  今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。 感謝!

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