いつかは多くの花を咲かせ人々の心を潤すようになる (2-2) 第 221 号

 詩人の田中良雄さんは、次のようにうたっています

  一隅を照らすもので 私はありたい

  私のうけもつ一隅が

  どんなにちいさい

  みじめな はかないものであっても

  わるびれず ひるまず ほのかに

  照らして 行きたい

 こうした人が、この世に一人でもいれば、たとえそれが

一粒の種であっても、いつかは多くの花を咲かせ、

人々の心を潤すようになると思うのです。

 いい心はいい顔をつくる、と言われていますが、顔と

いえば仏教説話集の『雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)』に、

ある娘のエピソ-ドが載っています。

 彼女はプラセ-ナジット王の娘で、顔や姿は言葉に

言い尽くせないほど醜く、人々は恐れをなして誰一人と

して彼女に近寄る者はいないくらいでした。

 父王は困りはて、彼女を城内に幽閉して一歩も外に

出さず、侍臣(じしん)たちにも口外を禁じました。

 そして侍臣の中の独身者に王の命令でめとらせ、

離宮を与えて、「人目に絶対さらさないこと、城外に

一人で外出する時には必ず門に錠をかけること、

在室のときにも錠を戸にかけ忘れないこと」を

誓わせたのでした。

 この夫が城外で宴会があったとき、いつも一人で

出席するのを同席の者が不思議がり、夫人同伴でない者

には罰を与えることにしました。が、

 夫はそれでも単身で出席し、ひどい仕打ちに甘んじて

いました。

 あるとき、たび重なる罰を受けて帰宅する夫の身を

案じた彼女は、夫が宴会で外出した後、部屋にこもって

ひたすら仏に念じました。

 するとその真心が仏に通じたのか、彼女の周囲に

明るさが増すと、次第にその全身に光明がみなぎり、

天女のように美しい王女に変わっていきました。

 宴会に居合わせた人々は、「彼が妻を同伴してこない

のは何か深いわけがあるのだろう。ひとつ試しに

彼を酔いつぶし、そのすきに錠を借りて彼の居宅内に

入り、確かめてみよう」ということになりました。

 すると中には、見た目も麗しい美女がいたので、

びっくりし、宴会場に戻ってきました。

 酔いから覚めた夫が帰宅してみると、妻がいままで

とはうって変わった美女に変身しているのに驚き、

義父と共に、釈尊のところへ行ってそのわけを尋ねると、

師は、「それは王女が心をこめて、み仏を念じたからで

ある」と答えられたといいます。

 美しく清らかな心の持ち主は「顔は心の窓」といわれる

ように、いつしかそれが顔にあらわれるようです。

 また、人間不惑の歳を過ぎたら、自分の顔に責任を持て

とも言います。遺伝による顔の形状をウンヌンして

言うのでは、もちろんありません。

 一所懸命に仕事に打ち込んでいれば、だいたい四十歳

ぐらいでそれらしい顔になってくるはずですが、

そうならないのは、打ち込み方がもう一つ足りない

証拠だというのでしょう。

 いずれにしても、心の持ち方や仕事への取り組み方が、

長い間にはその人の顔かたちまで変えてしまうのでは

ないでしょうか。

          ( 仏教伝道協会 みちしるべより )

  今回も最後までお読みくださり、

          ありがとうございました。 感謝!

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