生かされている自分を大切に毎日最善の努力をし感謝して生きる = 2-1 = 第 240 号

     心安きときは体(たい)安し

 私達が毎日、汗水流して一所懸命働いてお金を

蓄えるのは、自分や身内の、生活の安定のためと

考えられます。

 確かに、私達の生活は不安定であり、毎日遊びに

ふけっていては、いくらお金があっても足りず、

ましてや、蓄えのない生活は将来が不安です。

 したがって現在したいこともしないで蓄財し、保険に

加入などして、いくらかでも将来に備え、万全の策を

講ずるのは、至極当然のことです。

 しかしながら、将来のしあわせのために、現在の

しあわせを犠牲にするのはいかがなものでしょう。

 よく、日本人は働き蜂といわれ、あくせく働いて休む

ことを知らない人種であるかのように考えられています。

 こうした勤勉さが、わが国の産業や経済発展のために、

大いに役立っていることは事実ですが、ただ、身をすり

減らして働くだけで、一生を終わってしまうのは

愚かなことです。

 『イソップ物語』に、働き者のアリと、怠け者の

キリギリスの話が載っていますが、そこでは夏の間、

一所懸命働いて食べ物を蓄えていたアリをしり目に、

 歌を唄って遊んでいたキリギリスが、寒い冬になって

食べ物の蓄えがなく、アリの家に食べ物の懇願に行くと、

「それ見たことか、ふだん、なまけているから悪いのだ」

と、

 アリに剣もほろろに断わられる場面が出てきます。

この話によって、勤勉や蓄財の大切さを私たちに教えて

くれます。

 しかし、後に出版の『新イソップ物語』によると、

食べ物を懇願に、キリギリスがアリの家のドアを、

いくらノックしても返事がないので、裏口からそっと

中へ入ってみると、アリは夏の働き過ぎで死んでおり、

 そこでキリギリスは、アリが残してくれた食べ物を

食べて、楽に冬を過ごすことが出来たということです。

 もしも、私たちがこうした動物だったら、どっちの

生き方が良いと思いますか。

私にとっては、どっちの生き方にもくみすることが

出来ません。

 というのは、現在のしあわせを犠牲にして、働きずめ

のアリのような生き方も、いつもなまけて居ながら、

アリの遺産にありつくキリギリスのような生き方も、

いずれも、ほんとうの生き方とは思えないからです。

 現在のしあわせをないがしろにして、将来のために

耐え忍んだり、現在の楽しみにうつつを抜かして後で

ベソをかき、一抹の好運をあてにしたのでは、いつまで

たっても、確実にしあわせを自分のものにすることが

出来ないからです。

 本当にしあわせな生き方とは、現在、生かされ生きて

いる自分を大切にして、最善の努力をし、今日の一日を

無事過ごせることに、感謝することだと思います。

      ( 長くなりましたので 第 241 号 に続きます )

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